星と自転車

MENU
スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

さんぽ・たび

初夏の日光さんぽ

(↑ズミの林の向こうに見える日光男体山)

 ほんの5日前のこと。父が、とある旅行会社の企画した、到着地不明のミステリーバスツアーなるものに参加しました。そのとき戦場ヶ原を通ったらしいのですが、「なんだか白い花がいっぱい咲いていた」と言うのです。
 え?それってもしかしてズミじゃないの? 
 私はハタと思いました。「そうだ、ズミを見たい」 2月にXCスキーをしに日光へ行った折、6月になったらズミを見に来たいと思ったことを思い出したのです。
 「そうだ、京都行こう」じゃないけれど、「そうだ、日光行こう」と思いました。で、昨日は日光へ。

 ところが。戦場ヶ原に来てみたら、ありゃ? ないよ、ズミはどこ?! どっこにも咲いていなかったのでした。4日前には咲いてたはずのズミが、もう散ってしまったわけ…?! それとも父が見た白い花ってべつの花だったのか…?
 戦場ヶ原に沿って走る国道120号線の両際にはずーーっとズミの林が続いています。が、花は1輪も残っておらず。

 これがズミの樹(右写真)なのですが。花はみごとに咲いておりません。^_^;











 お天気は上々でしたけどね。TVの天気予報では奥日光は「曇り」と言ってたし、途中電車で通ってきた宇都宮近辺では路面が濡れていたりしましたが、戦場ヶ原はこんなふうにいい天気でした。 

 ここまで乗せてきてくれたマイクロタクシーの運転手さん(日光駅前のバス停でバスを待つ間に「バスより早いし、まけとくよ」と声をかけられて、ほか6人の女性と一緒にそれに乗ってきたのです)が言ってました。 「明智平のトンネルを抜けると天気はコロッと変わる。奥日光じゃ梅雨はあんまり関係ないから」。
 その通りみたいです。
 ここは海抜約1400m。空気のなかにはじとじと感やじめじめ感は少しもなくて、吹き渡るのはまさに爽やかな高原の風、でした。 

 目的だったズミが咲いていないとはいえ、初夏の新緑のなかをお散歩するのは悪くないです。  
 戦場ヶ原にはレンゲツツジやワタスゲの群落。
 カッコウやツツドリの声が遠くから響いていました。





 赤沼茶屋付近から森のなかへ。私が日光へ来るのはだいたいが冬XCスキーをするためだったので、夏の奥日光はほとんど知らないのです。たぶんこのコースを歩くのも初めて。

 きれいな明るい森。整備されていて、歩きやすい平坦な道が続いています。ここでもズミはあちこちに目立ちます。(やっぱり花は散っちゃってましたけどね) 奥日光にはほんとにズミの樹が多いのだなぁ、と改めて思います。
 どこからかキツツキのドラミングが聞こえます。(どこにいるんだろう? 姿は見えず。何キツツキ?) ウグイスやキビタキ(だと思う)の声も。
 昨年歩いた軽井沢の森同様、ここにもクマ出没注意の看板がありました。それに、道沿いのクマザサのなかにはマムシもいたよ~。^_^;

 竜頭の滝と小田代が原の分岐点に出たので、まず滝のほうへ行ってみることに。
 竜頭の滝は水量もたっぷりで、迫力満点。修学旅行で来たとき以来かな?(いったい何年ぶり? ^_^;) 
 せっかくなのでシャッタースピードを変えて撮ってみようと思ったのですが。どうしても設定変更のやり方がわからず、諦めました。(帰宅後マニュアルを読んでみてやっとわかりましたが、これじゃあちょっとわかんないよ、と思うような変更の仕方でした)

 しかし、自然の滝の威力はすごいものです。その音で、このうっとうしい、いやな耳鳴りをしばらく忘れていられました。滝のそばにいるあいだはずっと耳鳴りが気にならなかったのです。滝を持って帰りたいくらい。やっぱりCDで聞く滝の音とはわけが違うのね。

 元の分岐点に戻った後、小田代が原へ。こちらにはシカの食害避けの電気柵が張り巡らしてありました。触ったら感電するよね?^_^;
 小田代が原といえば有名なのは“貴婦人”と呼ばれる白樺ですが。私にはどれがその木なのかわからなかったです。(・・?

 電気バスの通る舗装道を歩いて赤沼茶屋まで戻りました。

 路線バスで中禅寺湖(右写真)まで戻り、クリンソウの咲いている場所を探そうと思いました。ズミが撮れなかったので、その代わりです。
 TVで放送があったらしいのですが、私はあいにくそれを見ておらず。立木観音のそばだということしかわかっていませんでした。

 場所がどこだかわからないまま、いまは記念公園になっているイタリア大使館別荘地まで1キロ弱の道を歩くともなく歩いてしまいました。
 その公園の奥に偶然クリンソウの小さな群落を発見。TVで放送していたのがここのことだったのかどうかはわかりませんが。

 別荘のなかも見学してみたかったけれど、「見学は4時までで締め切りです」と言われてしまい、結局、なかを見ることは叶わず。それが目的じゃなかったので、まぁべつにいいのですが…。見学はまたべつの機会に。

 帰宅してみたら歩数計は3万歩を超えてました。けっこう歩いたね。
 歩いてみて、夏の日光もいいなと思いました。
スポンサーサイト

季節

らっきょう漬け

 6月は保存食作りの季節です。

 昨年は生姜の甘酢漬けを作りましたが、今年はらっきょう漬けを作りました。2週間ぐらい漬ければ食べられます。

 例年通り、赤紫蘇ジュースをつくり、ユスラウメのジャムも煮て。(樹が弱ってきたのか、数年前に比べると実が少なくて、最近はひと壜ぐらいしかできませんが) アンズ・ジャムは、アンズが今年もならなくて、見送りです。

 明日は梅酒を作ろうと思います。(家ではむかしからよく作っていましたが、私が自分で作るのは初めて) 氷砂糖とホワイト・リカーを買ってこなくちゃ。ホワイト・リカーの代わりにブランデーを使ってもOKです。また違った梅酒が楽しめるはず。

 耳鳴りに悪態をついてばかりいてもしかたないので、できる限りしたいと思うことはしなくちゃ、と思います。耳鳴りには負けますが、それでも生活は少しでも楽しまないと。耳鳴りがきついと、なかなかそう思うことが難しいときもありますが…。

 昨夜は久しぶりに耳鳴りがほとんど気になりませんでした。とてもラクでした。(それでも朝のうちはひどかったのですが) こういう気持ちは、ひどい耳鳴りもちでない人にはけっしてわからないでしょうが。でもわからないのはとっても幸せなことですよね。
 (あるがん患者の方の記事を新聞で読みました。「がんは精神的な浮き沈みの激しい病」とありました。それは慢性のひどい耳鳴りも同じ。がんのように深刻に思ってもらえることは少ないですけどね…)

 いまは耳鳴り、戻っていますが、TCIを付けていれば、まぁなんとかぎりぎりガマンできるレベル? 先週はTCIをつけていてもきついと感じる日が多かったので、このぐらいでもなんとかラク…そうでも思わないとね。(苦笑) ちなみに私のTCIはいつもレベル4(最高音圧)になったままですが…。

本・音楽・映画など

フィボナッチ数列

 先週はネットよりも読書をしてました。話題の「ダ・ヴィンチ・コード」をずっと読んでました。
 耳鳴りのせいで集中力の要る小説はずっと読めなかったのですが、前から読みたかった本ではあるし、友人にこの映画を観に行こうと誘いを受けたこともあり。「原作を読んでいないとわかりづらい映画かも?」とどこかで読んだせいもあって。で、その予習として?読んでおこうかとふと思ったのでした。

 耳にTCIをつけ、100円ショップで見つけてきた水音のヒーリングCDをかけながらだと、なんとか本に集中できます。長時間続けては無理だけれど、この方法だと少しずつ読めたのです。

 ウンチクいっぱいの小説といったところです。(悪い意味というわけではなくね) シオン修道会とダ・ヴィンチの関係とか、ちょっとだけ以前にも聞いて知っていることもあったけれど、「ふ~ん、そうなの?!」と思うことなどがいろいろとあって。面白かったです。

 “planets”という単語から92種類のアナグラムが作れるというの、私も自分でやってみたいと思ったり。

 で、「ダ・ヴィンチ・コード」を読みながら「そういえば」と思い出したのが、むかしのノート。何の脈絡かと思われるかもしれませんが。なにか興味の沸いたことがあると、いろいろ断片的なことを書き留めていたノートがあったのです。

 開いて見返してみたら、案の定、たとえばこんなこととか…。

 一般に、一定の法則で端から次々に成長していくものは、かんなや旋盤の切屑に見られるように、うずまき状になってしまう性質がある。
 たとえば松の新芽は、左右両方向に廻る、規則正しい5重と8重のうずまきの交差点から出ている。このような例は、植物の世界にたいへん多く見られる。たとえば、松かさ5:8、パイナップル8:13、ひなぎく21:34、ひまわり55:89、のうずまきをもっている。そして、これらの数字は1、2、3、5、8、13…n、n´、(n+n´)、……のような数列の、隣りあった2つの項で出来ている。しかも、この2つの数の比は、数が増えていくと、黄金分割という、美術的にもっとも美しいと言われる値になる。

 
 この文にはその言葉は書いてませんが、これって「フィボナッチ数列」のことじゃないかなと…。(「ダ・ヴィンチ・コード」にフィボナッチ数列のことが出てくるので) これが浮かんだので、このノートのことを思い出したわけですが。
 数学はまるで得意ではないわりに、私はむかしからこういうものが好きではあったのかも…。

 こんなのとか。

 昆虫の眼はたくさんの眼が集まってできた、いわゆる複眼で、人間の眼とは違うはたらきを持っている。たとえば、火などの目標に向かって飛ぶとき、眼の構造上光と進行方向とがつねに一定の角度をなす飛び方をする。そしてこのような飛び方をするときの軌跡を、等角らせんという。等角らせんは、オウムガイ、象の鼻、ひつじのつの、あわびなど、自然界にたくさん見られる。
  
 「ダ・ヴィンチ・コード」のなかで、「黄金比は自然界のいたるところに見られる」と言っているラングドン教授の言葉に対して、女子学生が「わたしは生物学専攻ですけど、自然界でその神聖比率とやらに出会ったことがありません」と言っている場面に、へぇそうなの?と思ったりしたのも、だからかも。

 そのノートに書いてあるのは、雑多ではあっても、実生活にはあんまり役に立ちそうにないことばかり。鉱物のこととか、綴りのもっとも長い英単語とか、色名のフランス語表示とか、カルマン渦についてとか、ひとふでがきのしくみとか、日本の古い数え歌とか、中世の荘園のこととか、魔女狩りに関することとか…。

 思えばヘンなノートなんですが。(笑)なんとなくそのころのじぶんが見えるというか、ノートを見ながらなんだか笑ってしまうのでした。

該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。