星と自転車

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本・音楽・映画など

映画とボトルとケーキと月と

 
 きょうは外出。映画を観て、少しだけ散歩。やっぱり外歩きはいいな。どんなに寒くても。(きょうは気温5度よ、5度!) でも、あったかいコートとニット帽、亡き母がむかし編んでくれた二色使いのマフラーに、指先のない手袋(これ便利なのよ)。防寒はばっちり。
 
 私には精神衛生上これ(歩くこと)がときどき必要なことなんだ。前にもおんなじこと書いた気がするけれど。(笑) 

 きょう観た映画は「Once ダブリンの街角で」。派手じゃないけれど、渋くていい映画だったと思う。私の好きなアイルランドが舞台、っていうのも気に入ったし。(それにしても画面にはすっきりと晴れた風景が出てこない。さすがアイルランドの映画だね。(^^) むろんそれが“イヤ”なのじゃないのよ私は)

 そういえば、この映画の主人公たちの名前、最後までわからずに終わる。ストリート・ミュージシャンの“男”と、チェコ移民の“女”。これはラブ・ストーリー? 男女の“友情”物語? ふたりが出遭って、楽器店で、初めて一緒にギターとピアノでハモリながら唄うシーンがいちばん好きかな。ふたりが初めて心を通い合わせるシーン。それも、ストレートな言葉ではなくて、音楽で、というところが。(彼女が楽器店で弾かせてもらうピアノ。でもヤマハは売れちゃってて弾けなかったんだ 笑)

 残念だけれど、この映画を観た映画館、もうすぐ休館になってしまう。家の近くで観られる映画館がひとつもなくなってしまって、その代わりにせっかく見つけた映画館だったのに。なかなかいい映画を上映してくれてるなぁと思ってたのに。
 
 映画の後でぶらぶらとちいさなデパート店内を覗く。生活雑貨のコーナーを見るのが好きでつい寄ってしまう。お散歩用にgood、と思って携帯サーモスを買った。探してたんだ、こういうの。コンパクトなのに500ml入って、保冷・保温どちらもできて、直接クチから飲める、というボトル。
 すでに水筒は持っているけれど、それはカップで飲む式のだし、350mlしか入れられなくてちょっとかさばるので。(それも気に入ってないわけじゃないのだけれど)

 自販機のペットボトルよりマイ・ボトル。外歩きのとき、もうここ何年か私は自分の水筒を持参している。たいていは熱い香りのいい紅茶を入れて。べつにエコを意識してのことではなかったのだけど。自分で淹れたお茶のほうがあったかくて美味しいのが飲めるからで。

 そういえば、先日TVでやっていた。最近では自分の水筒を持って歩く人が増えてきたって。それにあわせて?東京じゃ、マイ・ボトルを持っていくと、(有料で)給茶サービスをしてくれるお茶屋さんがあちこちにあるのだとか。機会があったら私も利用してみたい。

 そうそう、散歩の途中で「食べられるお茶あります」って張り紙のあるお茶屋さんを見つける。気になって、帰りに、と思いつつ、入りそこなった。(>_<)

 胡桃入りのキャラメル・シフォンケーキも買う。先週友人に紅茶のお土産をもらった。きっとそれに合うなぁと思って。

 耳鳴りもほとんど良い状態で(電車に乗っているときに一時戻りかけた)、午前中どんよりしていた空も、映画館を出た夕方にはすっきりと晴れて、見上げたビルの傍らに上弦ちょっと過ぎの月が凛と昇っていた。
 それを見て気分が高揚した。ひさびさだった、こんな気分になれたのは。
 以前はとても簡単なことだったのに、このごろそういう気持ちになれることがなかなか少なくなってしまったから。
 こういう月を見ると、なぜだろう、落ち込んでてもまたやっていけるって思える。そんな存在の月。
 ありがとう、月。地球が衛星を1コ持っててくれて、ほんとに良かった。

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耳鳴りノオト

耳鳴り歴6年半

 耳鳴りを患ってもう6年半が経ちました。TCIという器械を使ってのTRT(耳鳴り軽減療法)を始めてからも2年が過ぎました。通常は2年でこの療法は一応の完了を見ると言われているのですが、私の場合は2年経ったいまでも、その効果があったのかどうかは不明です。依然として耳鳴りは続いていますし、それが気になる、と感じていますから。

 6年間患ってきたなかでも、いちばんきつかったのは2006年でした。この年はほんとうに耳鳴りが最悪の状態でした。
 要するに、精神的なダメージがとても大きかったということです。
 自分の耳鳴りの状態を把握するために、簡単な耳鳴りメモというのをつけていまして、耳鳴りレベルをおおざっぱに5段階(××→×→×△→△→○の順に良い)に分けているのですが、その年は最悪レベル(××)が月平均3分の2以上を占めていました。(よく精神が持ちこたえてたな、と我ながら感心します 苦笑)

 耳鳴りというのは“耳で鳴る”と思われるかもしれませんが、ひどい耳鳴りは“頭で鳴る”のです。それがどんなにうっとうしいか、辛いかは、経験してみないとわからないと思います。
 受診していつも歯がゆい思いがするのは、耳鼻科の先生にその“頭で鳴っている音”を聞いてもらうことができない点です。
 よくある、ほんの短時間「ピー」と鳴るだけの普通の耳鳴りなら、誰にでも経験があるでしょうし、その感じはわかるでしょう。
 でも、頭鳴りは普通の耳鳴りではありません。普通の耳鳴りと、頭鳴りとの違いを、ほんとうにわかった上で、意見をいただきたいと、いつも思ってしまうのです。
 「なるべく気にしないように」と言われます。そんなことはわかっています。もう百も承知なのです。それでもどうしようもないから、病院の遠さにもめげず、受診に行くのですから。
 数枚に渡る問診表の結果から「やや神経症気味」とも言われたのですが。でも逆に訊いてみたいです。こんな頭鳴りに襲われて、神経症にならないでいられる人がはたしているものかどうか? 私にははなはだ疑問なのですが。

 話がそれましたが。
 2007年になって、耳鼻科とは全く関係のないところで血液検査を受けて、ある療法(おもに薬による療法です)を受け始めました。血液検査の結果が私の耳鳴りにもしかしたら関係があるのではないかと思ったからです。
 療法を始めて、わりとすぐに耳鳴りがラクになる感じがあったので、これは効果があったのかも♪、と思っていたのでしたが。10ヶ月ほど経ったころから、耳鳴りの鳴り方とその頻度が元のレベルに戻ってしまいました。
 で、またわからなくなってしまいました。果たしてそれが耳鳴りに関係があったのか否か…。振り出しに戻ってしまったなぁという感じです。

 それでも2007年は、耳鳴りを患うようになってからでは、いちばんラクな年でした。耳鳴りメモを見ても実感します。△印が多くなっていますし、たとえ気になる鳴り方でも、TCIの助けを借りて“なんとかしのげる”という日が多かったのです。

 現在は、まったくなんの薬も飲んでいません。
 耳鳴りの状態は、というと、たまにそこそこ良い時もありますが、かなりひどい時もまだあります。TCIをつけているのさえうっとうしいと感じてしまう日が。(そういうときには耳鳴りがTCIのノイズを凌駕するように鳴っています)
 2006年頃の、ほんものの鬱になりそうなほどの、うっとうしさは少なくなったのかと思うものの、耳鳴りは続いています。
 
 もうTRTも2年間経過してしまったし、その効果も、私の場合は期待したほどではなかったようです。(でもTCIは今後も当分は手放すことはないでしょうが) もう耳鳴りに対して打つ手はほとんどないような…。(-.-) 
 今後はどうすればいいのか思案中、というところです。

 ところで、歌手の浜崎あゆみさん、左耳を完全に失聴したとじぶんのサイトで発表したのですね。彼女の歌はほとんど知りませんけれども、彼女が難聴を患っているのは知ってました。いわゆる突発性難聴でしょうね。その後の具合はどうなったのか気になっていました。難聴と耳鳴りはセットである、というのが通説なので。彼女にも耳鳴り症状はあったのでしょうか?

 彼女が音楽を仕事にしていたから難聴になった、のかどうかはわかりません。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 難聴とか耳鳴りは、誰にでも起こりうるものなのだと思います。けして自分には無縁の病いだとかは思わないほうがいいと思います。私が耳鳴りに襲われたのも、ある日突然何の前触れもなく、でした。どうしてこんなことが自分に起こったのかいまだにわからないのです。そういえば、と思い当たるようなことが何ひとつないからです。

 それまで自分でも「耳鳴り、耳鳴り」と気軽に口に出していたこともあったと思いますが、自らに降りかかるまで、耳鳴りがこんな病いだったとはまったく想像もしていませんでした。なってみなければ、実態はほんとにわからないものです。耳鳴りとはそういう病いのひとつです。

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