星と自転車

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本・音楽・映画など

奇数マニア?

 どうも変拍子や奇数拍子・転調の多い曲が好き…という“ヘキ”がある気がします。
 そう、これはまさに“癖”? 
 わけもなく多用されるのは問題だけれども、適材適所に変拍子や転調の登場する曲は“快感”です。(笑)

 ザバダックやら、「FF」の植松さんの曲に惹かれるのも、だからなのかも!と、ふと思い。

 そういえば、ほかのアーティストにはそれほど多いとは思われない、簡単な?3拍子の曲も、ザバダックや植松さんの作品にはわりと見受けられて、しかも“名曲”が多い、のでした。

 いや、べつに変拍子や奇数拍子の曲を“求めて”聴いていたということはないので。たまたま好きなミュージシャンにそういう拍子の曲が多かった、ってこと……でしょう。

 変拍子って、どこかプログレの匂いがしますしねぇ。またプログレか。(笑)

 ほかにも、キリンジやら、新居昭乃さんやら、菅野よう子さんやら、バカラックの曲…などが好きなのも、もしかしたら根っこはおんなじかも。たぶん同じ。(^^)  
 谷山浩子さんとか、ピアノの中村由利子さんとか…ほかにもいろいろいるので書ききれませんね。

 書いてたら聴きたくなった。



 たとえばバカラックの「プロミセス・プロミセス」(歌/ディオンヌ・ワーウィック)― もとはミュージカルの曲。60年代の曲なのにこのオシャレ感。(管アレンジがヘンリー・マンシーニっぽくも聴こえたけど(^^)) 
 この時代のポップスで変拍子、けっこう珍しいというか新鮮な感覚だったのでは? 印象に残るメロディだし。やっぱりメロディメーカーだなぁ、バカラックは。誰にでも書ける、という曲じゃないですね。 



 そしてザバダックの初期のインスト曲「ポーランド」。こちらは5拍子。5拍子と言うと、ジャズの名曲「テイク・ファイブ」を思い出しますが。(アリナミン?のTVCMでよくかかっていましたね)

 26年前の曲だけど、古さをまったく感じない。どころか、むしろいまどきの曲より新しく感じます。
 ソプラノ・リコーダーを持っていないので、キーボードをリコーダー音色にして、CDに合わせて弾いてたことが懐かしい~。

 改めて、ザバダックには捨て曲がないなぁ、と思うのでした。(それに、むかしから言われていたと思うけれど、ライブ演奏のクオリティもすごく高い☆)
 
 ザバダックには7拍子の曲もありますけどね。(ザバダック・ファンにはリズム音痴はいないのよ…たぶん? (笑))


 きょうは関東でも雪降り。でも雪国に比べたらなんということもない積雪です。
 
 耳鳴りがそれほどひどくないので、きょうはちょっとハイ?

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nonaカフェ

吾唯足知

 昨年の一時期、近所のお茶の先生に誘われて、市民講座の煎茶教室に通っていたことがあります。

 もともとは母の知り合いだった先生に、花道の花材として花枝を庭で切ってあげたことがきっかけで、「お茶が好きなら来てみない?」と言われて、気軽に参加してみたのでした。(お花の先生でもあるのです)
 習い事という意識はまったくなく、お茶が飲めて和菓子がいただけるなら、というほんとに軽い気持ちで。

 煎茶は毎日なにげなく飲んでいるものでしたが、“煎茶道”となると、やっぱりなかなか奥深い世界でした。それを知ることができただけでもよかったと思います。しかし、普段めったにしない正座はやっぱり苦手…。(^_^;) 

 季節ごとのお軸と花を観賞し、所作に則ってお茶を淹れている時間は静かで贅沢な時間だったようにも思います。最後の一滴まで丁寧に淹れた玉露のまろやかさ、さわやかな夏の冷茶、ちゃんと焙じて入れるほうじ茶…丁寧に淹れると、お茶ってこんなにも美味しいものなんだというのもよくわかりました。

茶道の菓子 そのお茶席で出されたお菓子で、いちばん印象に残っているのがこれ。

 京都の龍安寺の茶室の入り口にある、手を洗い、口をすすぎ清めるためのつくばい(水戸光圀…水戸の黄門さまから寄進されたものと言われている、有名なつくばい)を摸して作られたお菓子だそうです。

 龍安寺には修学旅行で行ったことがあります。有名な石庭や、鴬張り?の廊下があったことなどは覚えていますが、つくばいのことまでは当時は気づいていなかったと思います。(古のことなので忘れてしまっただけかもしれない…苦笑)

 つくばいですので、実際には、中央の四角い部分には水が張られているのです。この口の字と周囲の字を足して時計回りに読むと、「吾唯足知」となり、「われただ足るを知る」と読めるわけです。

 「足ることを知る者は貧しさといえども富めり 不知足の者は富めりと言えども貧し」

 「禅の真髄であり、茶道の精神でもある」そうです。


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本・音楽・映画など

植松さんの音楽が好き

 「ファイナル・ファンタジー」のオーケストラ・コンサートのビデオを見ました。ちょっと興奮してしまいました。思いのほか、良いコンサートだったので。ビデオでこれだけ興奮できるなら、ライブで見たらどんなだったか、と思います。

 もう5~6年前に行われたコンサートだと思います。白鳥恵美子さんやアンジェラ・アキさんなど多彩なゲストも登場。
 スクウェア・エニックス(「ファイナル・ファンタジー」制作会社)の社員さんたちで構成されたバンドThe Black Mages(“黒魔道師”という意味ですね)による、ラストの「片翼の天使」はとくに圧巻。アンコールもふたたびこの曲で。興奮するほどこのパフォーマンスがよかったので、わたしってプログレも好きだったんだなぁと、改めて認識してしまったほど。

 (そういえば、「FF6」の「決戦(the decisive battle)」という曲が大好きで。これなんかもう、コテコテの?プログレですね)

 「ファイナル・ファンタジー」(以下「FF」と略)を遊んだことがある人なら、その音楽を担当されていた植松伸夫さんの名前を知らないひとはいないくらいだと思いますが。作曲者としてではない、演奏者としての植松さんを目にできたことも嬉しく。ほんとに音楽が好きな人なんだろうなぁと大いに感じ入り。

 (また、そういえば、ですが、植松さんはかつて、プロレスにあこがれた“プログレ少年”だった、というインタビュー記事を、どこかの雑誌か新聞かで読んだ記憶もふと思い出しました)

  「FF」以前にもゲームは遊んでいましたが、ゲーム音楽に“覚醒”してしまったのは、まさに「FF」によって、だったことを思い出します。ゲームをしながら音楽が気になった、という体験は、「FF」が初めてでした。
 単なるゲーム音楽という領域を超えて、ゲームを離れても聴ける音楽、と思わされた最初のゲーム音楽-それがFFの音楽でした。
 
 なぜFFの音楽に惹かれたのか? 
 植松さんの作る曲には、ひとつのゲーム中にいろいろな音楽のエッセンスがたくさん詰まっていたから、ではないかと思います。クラシック、民族音楽、ロック…音楽の標本箱のように、いろいろな要素で彩られた音楽が、ゲームとともに違和感なくそこにあったから。それになにより、植松さんの作りだすメロディは美しくて、ロマンティック。それにつきるのではないかと。

 そんな植松さんの数々の「FF」の音楽で遊べるゲームが発売になって、気にならないわけにはいかないのでした。

シアトリズム ファイナルファンタジーシアトリズム ファイナルファンタジー
(2012/02/16)
Nintendo 3DS

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日々雑記

体調不良

 ここ二日間ほど寝込んでおりました。吐き気とめまいに襲われていました。きょうもほとんど何も食べていません。

 久しぶりの吐き気とめまいでした。めまいと言えば、耳鳴りとの関連もまったくないとは言えないわけですが。

 振り返ってみると、こういう症状に襲われるのはなぜかいつも2月、ということに気がつきました。なぜこの寒い時期に?
 もしかして食中毒?!という思いもよぎりました。冬の食中毒、といったら、浮かぶのはノロウィルスですが。そんなに激しい症状ではなく…そうかと言って、軽くもなく。

 吐き気が来ると同時に、頭頂部がぎゅーっと絞めつけられるようになり、頭がぐるぐるし、開いているとつらいので眼は閉じたまま。ひたすら耐えるのみでした。耐えられない時はもちろんトイレに駆け込み。尾籠な話ですみません。

 先日は友だちと出かけた先で、どういうはずみか階段から転げ落ち。あちこち打撲。どうして転んだのかよくわからないまま転んでました。(苦笑)友だちは骨折を心配してくれましたが、どうやら骨だけは丈夫ならしく、打撲だけで済みました。それだけは“不幸中の幸い”と思うことにいたしましょう。

 こういう目に続けざまに遭うと、なんでわたしばっかり?という気分にもなります。

 結局トータルしてみれば、人生は誰でもプラス・マイナスつりあっているものだ、という話を聞きますが、そうかな?と、わたしには疑問を感じずにはいられません。
 耳鳴り歴10年というだけでもマイナスだと思うのに、それはいったい何と相殺されるんですかね?

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本・音楽・映画など

自転車でおいで

 「しあわせのパン」という映画を観てきました。
 重要な小道具として、「月とマーニ」という絵本が登場。

 その絵本のなかに出てくる言葉が、まさにこの映画のテーマなのかな?
 
 「大切なのは、きみが照らされていて、きみが照らしている、ということなんだよ」

 “マーニ”は、原田知世さん・大泉洋さん演じる夫婦の営むパンカフェの名前でもあります。
 マーニは、もともとは「月」の意味であるらしい。(北欧神話から来ている?) 月好きのわたしとしては大いに反応してしまうところです。

しあわせのパン (ポプラ文庫)しあわせのパン (ポプラ文庫)
(2011/12/06)
三島有紀子

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 映画の小説版には、「月とマーニ」の絵本が特別収録されているようです。
 
 矢野顕子さんの「ひとつだけ」がエンディング曲だったのもちょっと嬉しかったかな。好きな曲なので。しかも、いまは亡き忌野清志郎さんとのコラボ・バージョン。

はじめてのやのあきこはじめてのやのあきこ
(2006/03/08)
矢野顕子、槇原敬之 他

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 このアルバムに入っているバージョンだと思います。
 これは、矢野さんがいろんなミュージシャンの方たちとコラボしている、なかなか贅沢な造りのアルバムのようです。曲数は7曲、とちょっと少ないけど。

 ついでの余談。
 このアルバムの1曲目の「自転車でおいで」。これもむかしから好きだった曲。このアルバムでは槇原敬之さんとコラボしてますが、わたしは、佐野元春さんとデュエットしているオリジナル・バージョンのほうが好きかな~。パーカッションとローズ・ピアノの音も曲の雰囲気に合っているし。
 ちなみに、詞を書いているのは糸井重里さん、編曲は坂本龍一“教授”。
 というわけで、その曲を。映像はNHKの「映像散歩」からのものみたいです。


 
 そういえば、映画のなかに、あがた森魚さんがアコーディオン弾きのおじさん役で登場してて、このおじさんがいい雰囲気でした。

 結局、きょうは何がいちばん書きたかったのかな?

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耳鳴りノオト

冬の耳鳴り

 むかしより耳鳴り苦痛度が半分になった、みたいなことを、少し前に書いた気がします。
 でも、冬が来ると思うのです。夏に比べて耳鳴りがうるさいことが多いな、と。TCIをかけている率も、冬は高いです。
 
 わたしの耳鳴りは、寒くなると、どうやらうるささが増すようです。
 ということは、寒さで血流が悪くなることでなる“血管性”の耳鳴り、なのでしょうか? お風呂のあとはすこしだけラクになる、ということもありますし。よくわかりません。

 ほんのたまに、まるで耳鳴りが消えうせたかのように、頭のなかが静かな時もあります。その天国のような時間と言ったら! でも、それが普通の人にはあたりまえの耳の状態なんだよなぁと、思います。

 天国の時間はつかの間で、やがて元の黙阿弥状態に戻るのですが。

 耳鳴りがいったん静かになった後の、“寝起きの倍返し”は、わたしにもあります。 耳鳴り(頭鳴り)持ちの方の多くが、これを経験されているようで、どうしてなのか、とても不思議に思います。眠ることに、なにか、スイッチの切り替わりをさせるものがあるのか? 何か理由があるのじゃないかと思ってしまいます。


 耳鳴りが鳴っていたとしても、音が小さくて、生活に支障のないレベルなら、何の問題もないのです。
 実際、慢性的に耳鳴りがしてる、というひとでも、その8割は、QOLが下がるほどの耳鳴りではないと言います。「鳴っていても気になるほどじゃない」と思えるなら、それはそれでいいわけです。とくに病院のお世話になる必要もないでしょう。

 残りの2割の人の耳鳴りは、“生活に差しさわりがある”耳鳴りだから、問題なんです。
 同じ耳鳴りでも、そこには大きな隔たりがあります。

 耳鼻科の先生は「慣れればいい」と簡単に言ってくれますが、TCIを使っても、そんなに簡単に慣れたりできるようには思えません。
 ちなみにわたしの耳鳴りは、いちばんうるさいときは、TCIのMAX音をはるかに超える音になっていました。あまりに耳鳴りのほうが大きいので、TCIの音を一度調整し直してもらったほどです。ノイズの種類もひとつ増やしてもらいました。

 耳鳴りの原因が脳から来るものでないかどうか調べるためにMRIをしたことがありますが、あれは相当音がうるさいものです。検査の時、耳栓を貸してくれます。しかし、あの轟音にも、わたしの耳鳴りがかき消えることはなかったのでした。

 そういう音を10年以上もほとんど絶え間なく聞いてきました。「慣れればいい」とおっしゃるドクターならこれに簡単に耐えたり慣れたりできるものでしょうか?

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