星と自転車

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つぶやき

Mさんへ…

 お互い、喧嘩なんかしようと思っていないのに、最初はほんのちょっと言葉が足りなかったり、言葉が行き違ったりだけのことが、気がつくとこんなふうにすっかり台無しになってしまっている。

 母といつも仲良くしていたいと思っているのに、母はときどきあんなやりかたでわたしを傷つけるのだ。そして、わたしを傷つけたことで母自身はもっと傷つく。でも、そのときはそうしないではいられないのだ。そのあとで、すごく後悔して、わたしとじぶんの傷の修復にやっきにならなくてはいけないのはわかっているのに。



 「群青の空に薄荷の匂い」という小説のなかの一節。

 ここを読むたびに、心がひどく痛くなります。
 苦しくなります。
 これはわたし自身のことかもしれない、と思うから。 

 PTSDみたいなものかと思います。
 アノコト以来、後悔と痛みと苦しさを抱えたままです。
 もう5年もの歳月が経とうとしているのに。

 こんなふうに言っても、信じてもらえないかもしれません。
 いまでもわたしがこんな思いを抱えたままでいることを、
 おそらく誰も知らないのですから。

 どうしてあんな気持ちになって、どうしてあんなことになったのか、
 いまでもほんとうにはよくわかりません。

 あの時期のわたしが相当“おかしかった”ことだけはわかります。
 精神的にも、身体的にも不安定で滅茶苦茶…だった、と。
 ハタからはそんなふうに見えなかったとしても。
 きっとセロトニンも大幅に減っていたのではないか…と。

 あの時期のわたしの精神状態はとにかく“普通”ではなかったと思います。
 その後1~2年ぐらいはずっと普通でなかったように思います。 
 (いまも不安定でないとは言えませんが、
 あの頃に比べれば、
 当時よりは落ち着いて考えられるようになったので、
 すこしは客観視できるようになったのかと思います) 

 一時的にわりと良い状態だった耳鳴り(頭鳴り)の具合も、
 その頃、また悪化してしまい、
 ただでさえ一を十にも百にも感じてしまうような
 感じやすい面のあるわたしが
 神経過敏状態にあったのは間違いないのですが。

 音量の大きな耳鳴りを抱えているとそれだけでキツクて
 孤立感もときにかなり大きくなってしまいます。
 耳鳴りというのはメンタル面にも多大なダメージを与える病だと思います。
 
 それでも表面上はなるべくそうでないように、
 と思ってはきたつもりでしたけど、
 破綻してしまいました。

 あの時期に、わたしはペットロスならぬ
 身内ロスを抱えてしまったからです。
  
 ある耳鼻科ドクターのサイトで、
 耳鳴りによる気分障害で「易攻撃性」という言葉を知りました。
 (ちょっとしたことで腹を立てたりするようなこと)
 当時のわたしにはそんな部分もたしかにあったと思いました。 
 
 友人が気を遣ってたまに訪ねてくれたりしましたが、
 こういう繊細なことを相談したりはできませんでした。
 心療内科に通うべきだったのかもしれません。

 そういういろいろなことが重なって、
 心身ともに万全でない状態で、
 一時的に不安神経症のようになっていたのかもしれません。
 
 わたしの間違いは、じぶんの気持ちのはけ口を
 何の落ち度もない人にぶつけてしまったことでした。

 些細なことに自分で勝手に傷ついて。
 そして、相手を傷つけた。
  
 当時は、一見まともなようでいて、だいぶわけのわからないこと、
 支離滅裂なことを 書いていたのじゃないかと思います。
 自分でも理由だなどと思っていないことを理由にして
 あれこれ並べて書いていたような気もします。
 読み返すのが怖いので、
 いまだにそのときどんなふうに書いていたのかを見直してはいません。
 
 自分のなかだけで先走って、答えを出していた気がします。 
 「取り返しがつきませんね。ごめんなさい。ありがとうございました」と。
 もう訪ねてきてはくださらないだろうし、
 お返事ももらえないのだろう、
 そう思ったからです。

 そうして月日が経った後で、
 したことは違うけれど、
 アキハバラの事件のヒトと
 心理状態はおんなじだったんじゃないかとまで思いました。
 たまらなく自己嫌悪に陥りました。

 あとの祭りという気持ちもありましたが、
 どうしても書かずにいられなくて、その後メールをお送りしました。
 10か月以上も経ってからでしたが。
 そんなに時間が経ってからのメールに
 気がついていただけたかどうかは、わかりません。
 
 5年近くが経っても、いまだにこんな思いを消せないでいるのは、
 “赦して”もらえたのかどうか、いまもわからない
 という思いが強いからだろうと思います。
 
 アノコトに関しては、気持ちの晴れることはありませんでした。
 この“罪悪感”を一生背負っていくのかも、とも考えます。  

 大げさだと思われるかもしれません。 
 でもこのことに関しては、ずっとわたしがこんな気持ちを
 抱えたままだったことは嘘ではないのです。

 覆水盆に返らず、とか、こぼしたミルクはコップには返らない…
 東洋にも西洋にもそんな諺があります。
 その通りなのかもしれません。

 言っても仕方のない、いまさらな言い訳をしているだけかもしれません。
 (4年も5年も経ってから言うことではないのかも、とも思います)

 ここに目を止めてくださるかどうかも、わかりません。
 けれども、わたしがこんな気持ちをずっと抱えてきたということだけは
 書いておこうと思いました。

 (もっと早くに書ければよかったかもしれませんが。
 去年は震災のこともあり…。
 そもそも、こんな記事を載せること自体ためらわれることでしたし…)
  

 非常に虫のいいお願いかもしれません。
 でも、当時のことをもしもお許しいただけるとしたら、   
 何かの折にひと言くださったなら、
 それ以上の嬉しいことはありません。
 (管理人だけが読めるコメントでもメールフォームでも)
 
  
 「去る者は追わず」と言いますが、
 ほんとうに“去る者”だったら、
 こんなふうに願ったりはしていないのですけれど…。


 
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本・音楽・映画など

鉱物が好物

 ミネラル・フェアにもとんと御無沙汰の昨今ですが。鉱物というのは飽きません。夜空の星と同じように、眺めているだけで異世界・別世界へトリップできます。

鉱物見タテ図鑑 鉱物アソビの博物学 (P-Vine Books)鉱物見タテ図鑑 鉱物アソビの博物学 (P-Vine Books)
(2011/10/07)
フジイキョウコ

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 前作の「鉱物アソビ」でも、楽しい世界を展開して見せてくれたフジイキョウコさんの第2弾。

 「理科好き文系人間にもわかりやすい、鉱物図鑑があったらいいのに」
 と、フジイさんはあとがきに書いています。

 “理科好き文系人間”― それって、まさにわたしのこと♪ つまり、これは“わたしのために書かれた本”と思ってもいいんでしょう。

 「これ、じつに美味しそう」というふうに鉱石を見てしまうことはわたしもよくありますが、今回の「見タテ図鑑」のなかでは、「ゼリー遊戯」の方解石や、「シトロン・ジュレ」のオレンジ・オパールなど、じつに美味しそう。 

 切り口は少々違いますが、長野まゆみさんの「鉱石倶楽部」もそんな系列の本でした。

 「葡萄のある風景」のぶどう石、「藍珠秘薬」の藍銅鉱、「虹の欠片(かけら)」のリチア電気石、「鉱石ドロップ」のクンツァイト、針入り水晶など、思わず口に含みたくなりそうな。

 食べられそう、にはないけれど、「地界古書」の雲母や、「綿玉製造所」のオーケン石、「ヘンリー・ムーア風」の珪乳石、「幻影満月」の蛍石、「キノコの季節」のスネークスキンアゲートなどのユーモア溢れる見立ても。

 「玻璃ノ翼」のフラワーアメシスト、「天空都市」の蛍石、「流星遊星」のスコレス沸石・スターマイカの爽やかさなど、石がますます愛おしくなってしまいます。

 「見タテ図鑑」に登場する鉱石のほとんどは、わたしも所有している、なじみの鉱石が多いというのも、嬉しいです。(特殊で希少な石も、それはそれで貴重ですけれど)
 鉱石趣味は、敷居の高い、とくべつなひとの趣味ではなく、誰にでも楽しめるもの、と知って欲しいなぁ。
 そこここに散りばめられた、鉱石にまつわる引用文は、たむらしげる、クラフト・エヴィング商會、宮沢賢治、稲垣足穂、渋澤龍彦などなど。鉱石派?ならではの人たちの名前が嬉しい。


〈参考〉
鉱物アソビ 暮らしのなかで愛でる鉱物の愉しみ方 (P-Vine Books)鉱物アソビ 暮らしのなかで愛でる鉱物の愉しみ方 (P-Vine Books)
(2008/09/19)
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自転車

Moi! ムーミンの国の展覧会

 Moi!は、フィンランド語。英語で言えばHi!に当たる言葉、だそうです。

 きのう、宇都宮美術館開館15周年記念展として開催中の「フィンランドのくらしとデザイン展」へ行ってきました。宇都宮美術館へ行くこと自体、初めてなのですが。

オクラ畑
 途中でちょっぴり珍しい畑に遭遇。
 オクラ畑です。
 写真では花は良く見えませんが、クリーム色のムクゲのような花がところどころ咲いていました。南国産のオクラを作っているところが栃木県にもあるなんて。ちょっとビックリ。

 国道119号(日光街道)の、帝京大学入口と書いてある交差点を右折。ここからはずっと坂道。

帝京大学宇都宮キャンパス
 左手は帝京大宇都宮キャンパス、右手は瀟洒なお家の並ぶ住宅街、という“美術館通り”を道なりに進んで行けば、丘陵地に造られた、うつのみや文化の森(26haあるそうです)のなかにある宇都宮美術館に到着。

 展覧会の内容は…
 フィンランドの風景画家たちのスオミ(フィンランド語でフィンランドのこと)の絵画(やっぱりこの国は森と湖の国なんですねぇ)、カレワラ神話(フィンランドの伝説)に関する展示、タペストリーなどの手仕事、カンテレ(弦楽器の一種)とか白樺の皮で作った角笛のような楽器、日本人にも知られているマリメッコのテキスタイルやアルヴァ・アアルトのデザイン家具、そしてトーベ・ヤンソンさんのムーミンの挿絵の原画などなど…。

 ヤンソンさんの黒インク一色で描かれた原画は、小さい作品でしたが、どれもとっても繊細でした。ムーミン・シリーズ、あらためて読みたくなったなぁ~。

 撮影禁止だったので撮れなかったのですが、ひろいロビーに設置してあった、「森の家」(日光に居を構える空間プロデューサー、小坂憲正さん作)は、ムーミン・ハウスを思わせるような、大人でもずっと入りびたって居たくなってしまうような可愛い小屋でした。なかには、椅子に座ったムーミンたちがいました。

 自然にもひとにも優しい造りで、クリーン・エネルギーを生み出す木のプレハブ住宅「ルーック・ハウス」、スピードや便利さよりも地域の利用者の立場からの公共交通を考えるトラム(路面電車)、デジタル時代だからこそ手紙によるコミュニケーションを見なおしているフィンランド郵政…なども紹介。

 そんなお国柄だからでしょうか。日本のように使い捨て商品が氾濫している、なんてことはないようで。使い捨てカイロとかまったく想像できないみたい。たとえばピクニックに行くにしても、紙皿やプラスティック・スプーンじゃなく、重くてもちゃんと食器のお皿を持っていく、のがフィンランドのやり方のようです。

レストランの窓から
 併設されているミュージアム・レストランも、森の風景を眺めつつ食事のできる、木の感触の落ち着いたレストラン。
 レストランの窓からの風景です。

12-7-21lunch.jpg
 「ムーミンが住む森の生活」企画展に合わせてのランチをいただきました。サラダにかかっていたナッツ・ソースが美味しかったなぁ。

12-7-21passage.jpg
 美術館のどこかモダンな通路。

絵具オブジェ
 中庭には絵具チューブのオブジェ。

うつのみや文化の森
 美術館を囲んでいる森の散策路も歩きました。学生さん(高校生?大学生?)たちがトレイル・ランニングの練習をしていました。

大家族(マグリット) ひとつ心残りが。
 この美術館がかつて購入して常設展示されているはずのマグリットの「大家族」という絵を見てくるのを忘れてしまったなぁ。
 まぁ、またいつか宇都宮美術館に行けばいいのですけれどね。





長岡百穴
 帰りには、美術館からもさほど遠くない、栃木県の史跡、長岡百穴古墳へ寄ってみました。7世紀前半ころのものだそうです。


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耳鳴りノオト

扁桃体と大脳皮質

 「耳鳴りに慣れる」とは、いったいどういう状態を指すのでしょうか?
 
 5、6年前に比べたら、たしかにわたしも耳鳴りに“慣れて”はきたのかもしれない。
 耳鳴りがほとんど常時鳴っている、という状態に慣れた、とは言えるのでしょう。(振り返れば、5、6年前はほんとにいちばんひどい時期だったのかもしれません)

 1日じゅう耳鳴りのことでウツウツしているという状態は、少なくとも減ってきたようには思うので。
 以前ほど、イライラしたり、QOLが下がるだの愚痴も言わなくなった…つもりではあるのですが。
 だからといって、耳鳴りがさほど小さくなっているわけではないし、なので気にならないわけではないし、ウルサイと思わないことがないわけではありません。
 
 最近、こんな新聞記事に目が止まりました。
 耳鳴りの記事ではありません。
 寝不足で不安になったりイライラしたりするのは、脳が不快なものに反応しやすくなる一方、抑制が利きにくくなるのが原因である、ということがつきとめられた、という研究発表です。
 
 「睡眠不足のときには、扁桃体の働きを調整する大脳の皮質の活動が扁桃体と同調できずに、抑制が利きにくいことがわかった。抑制が利きにくくなる人ほど、心理テストで不安・緊張や混乱の度合いが高かった」

 記事を読んで感じたのは、これって耳鳴り症状のひととおんなじではないの?、ということでした。

 またもや扁桃体です。扁桃体は、不安や緊張など情動に反応する脳のなかの小さな器官。やっぱりここがカギを握っているのでしょうか?!

 耳鳴りをうるさいと感じてQOLが下がるのも、大脳皮質の活動と同調できずに、抑制が利かなくなって、感情の“障害”が起こるから?
 
 扁桃体は、特定のリズムをもって活動していて、そのリズムが狂うと、弊害が出てくるようです。通常は1ヘルツから20ヘルツまでの周期のリズムで活動している時が安定した状態とのこと。
 それがゆっくりになりすぎると、感情の起伏がなくなって抑うつ状態になるそうです。反対に、過活動状態になると恐怖を感じなくなって向こう水な行動を取る、などの症状が出るとか。

 (たとえ仮に扁桃体のリズムの狂いのせいだったとしても、そのためにこれまでに、耳鳴りのために、わたしが不快な思いをさせたり迷惑をかけたりしてきたこと…それは消えないことなんですよね…)

 耳鳴りウルサくてたまらない、と言うひとがいる一方で、たとえ耳鳴りがジェット機の轟音レベルで鳴っていても、「まるで気にならない」というひとがいるのも事実。前からそのことを疑問に思っていました。いったいなぜそんなことがありえるのでしょうか??
 もしかして、そういうひとの扁桃体は、不快な耳鳴りがあっても、しっかりと通常のリズムを乱れることなく刻めているから、なのでしょうか?!

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さんぽ・たび

上野公園~隅田川テラス

 ここは武蔵野台地の突端の断崖なんだ~。
 上野へ向かう車窓のなかで、赤羽から上野にかけて続く緑の丘を目にすると、いつもそんなふうにを思います。
 (まさにこの崖が、山の手と下町とを分ける境界線、なのですね)

 飛鳥山(北区王子)では満開のアジサイが見えました。尾久の駅に近づく手前のカーブを曲がると、すっくと立つスカイツリーが突如パッと姿を現します。そして国立科学博物館の外庭のラムダ用ロケット・ランチャーが見えて。そんな車窓の一連の風景の流れが好きなのでした。
 
 さて。今回(昨日)のおさんぽはひさびさに上野周辺です。

寛永寺レリーフ
 「ブラタモリ」でもやっていましたが、上野公園はもとは寛永寺の境内だったのですよね。寛永寺ってかつてはとても広かったのですね。そのレリーフを発見。
 いままでこんなレリーフ見たことあったっけ? 上野公園には何度も来ていますが、毎回発見があります。

 久しぶりに訪れた上野公園はちょっと、いやだいぶ?様変わりしていました。

上野の森のスタバ
 いつのまにかスタバなんかができているし。

12-6-30parksidecafe.jpg
 その真向いには、パーク・サイド・カフェ。
 
 どちらも今年4月にオープンしたばかりだそう。
 わたしはパーク・サイド・カフェに。

コースター 国立西洋美術館開催の「ベルリン国立美術館展」の割引券にもなっているコースター。
 (そういえば、東京都美術館では「マウリッツハイス美術館展」が開かれていて。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が見られるところなのに。どちらの美術館にも寄らず…)

森のガーデンセット 森のガーデンサンドというランチ・セット。けっこうボリュームがありました。
 
 土曜日とあってか、公園のあちこちでパフォーマンスを披露するひとたちが。大道芸あり、風船パフォーマンスあり、南米音楽の演奏あり。

ソーヤー谷村さん(のこぎり奏者) パーク・サイド・カフェのそばでは、のこぎり音楽家のソーヤー谷村さんが演奏を。
 のこぎり奏者だから、ソーヤー(sawyer)というわけですね。
 
 演奏に使っているのは本物ののこぎり、弦は釣り糸(を束ねたもの)とか。何を隠そう、「ゲゲゲの鬼太郎」の曲のなかでのこぎりを弾いているのは、このソーヤー谷村さんなのだそう。
 のこぎりのしならせ具合で音程を調節し、貧乏ゆすりのように(笑)右足を揺らしてビブラートをかけるのです。MCも面白かったな。 

 (余談。のこぎり奏者は数少ないそうですが、今朝放送の「題名のない音楽会」(テレビ朝日)に、ミュージック・ソウ奏者のサキタハヂメさんが登場してました。これもなにかの偶然かしら? そういえば、遊佐未森さんの「銀河手帖」アルバム6曲目「5月、エニシダ。」というインスト曲で、のこぎり弾いてるのがサキタさんでした)

 東京都には、都民が気軽に芸術文化に触れる機会を提供していくことを目的とした、“ヘブンアーティスト事業”というのがあり、都が実施する審査会に合格したアーティストが、公共施設や民間施設などを活動場所としてパフォーマンスしているのです。ソーヤー谷村さんもその“ヘブンアーティスト”のひとり。

ダニエル・コフリン(アコースティック・ギター) アコースティック・ギター演奏のこのお兄さんもうまかった☆ 周囲はひときわ大勢の人だかりがしてました。
 名まえはダニエル・コフリンさん。(生まれは東京らしいです)
 もちろん彼もヘブンアーティスト。

 ユーミンの「春よ来い」なんかも演奏してたけど。オリジナル曲もカッコよく、カヴァーしてた中にもいい曲があって、すっかりお気に入りに。曲目わからなかったのだけど、あとでご本人に聞いたらボン・ジョヴィの曲だって教えてくれました。
 
 調べたら、ダニエルさんは、NHK‐BS「ダーウィンの動物大図鑑 はろ~!あにまる」の オープニングテーマも演奏してるんですって。なんだ、ほとんどプロなのね。

 上野に来たら、トーキョー・バイクで自転車借りて、というのが“よくあるパターン”なのでしたが、今回はスポーツバイクに乗るいでたちではないので。スカートにスニーカーでしたから。

 末広町~馬喰町~蔵前の雑貨屋さんをめぐって歩く、というのが、いちおうきょうのテーマ(?)のつもりでしたが。(考えてみると、あまりにも欲張りなコースかも。そんな距離はどうせ歩けっこないのです)
 
 とりあえず歩き始めたものの。上野公園でのランチ&パフォーマンス見物で、精神的にもうすっかり“満腹”してしまった感じで。(笑)
 スカイツリーを見に行くなどまるで念頭になかったのに、足は自然に隅田川テラスに向いていました。
 でも途中で1軒だけ可愛いブリキの雑貨屋さんを見つけました。

昭和通り 国道4号線といえば、日本の物流の大動脈道ですが。昭和通りが国道4号線だったなんて、いままでまるで認識したことなかったなぁ。
 道路案内板に、宇都宮○○kmと出ていたのは、だからか~。これも発見?

スカイツリーと屋形船
 蔵前の厩橋から。屋形船、乗ってみたいな。

スペーシア(ブルー) 東武線のスペーシア。青系は初めて見ました。
 SPACIAのIの字はさりげなくスカイツリーが図案化されているんですね。
 スペーシアってオレンジ系だけかと思っていたので、意外。このほかに紫のスペーシアも走ってました。紫のはかなりカッコいい。
 あれ、いまピンときました! もしかしてそれって、ライトアップの時のスカイツリーの色と連動しているのですね?!

 隅田川を行きかう船を眺めつつ、スカイツリーを眺めつつ、ウォークマンを聴きながら、結局1時間以上もそこに。(笑)

 スカイツリーのお膝元まで来たのなら、ソラマチでも覗いてくれば良いのに、そうしないのがまたわたしらしいところ?

スカイツリー
 あの大震災の揺れにも耐えたんだなぁとか、ゲイン塔を立てるのも微妙で大変な作業だったんだよねとか思いつつ、しみじみスカイツリーを眺めていたら、なんだかちょっと胸に来るものが。

スカイツリーとヒミコ
 スカイツリーとヒミコ(松本零士氏デザインの水上バス)。

 言問通りから入谷付近を通り、上野に戻りました。7月6・7・8日と、入谷では朝顔市だそうです。浮世絵をモチーフにした朝顔市のポスターを見かけました。


 先日、俳優の地井武男さんが亡くなったというニュースにショック。おさんぽ好きのわたしとしては。「ちい散歩」ファンだったので。体調不良で番組を降板されたことは知っていましたが、病気が治ったらまた戻ってきてくれると思っていました。
 「太陽にほえろ」のノリで、よくスタッフを置き去りにして?路地裏を駈け抜けていった地井さん。あの番組で、とても元気そうにお見受けしてたのに。だからよけいに信じられなくて…。ご冥福をお祈りします。

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