星と自転車

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季節

春よ来い

15-3-27アンズ
 いつもの年なら、3月下旬に咲くのですが、今年のアンズはお彼岸前に花を咲かせました。
 なので、今週末(つまり明日)か、来週初めには、川辺の桜も花が咲くだろうと予測しています。
(わが家のアンズの桜予想は過去に1度もハズレたことがありません。不思議にもすごい精度です) 
 花は早々と咲きましたが、その後、寒気がやってきて居座ったので、ほとんど花が散りもせず、持っています。珍しいことです。

15-3-27木蓮
 木蓮も同じ。アンズと同じように、お彼岸に咲いても花が持っています。
 ただし、寒さのせいで花がいっぺんに茶色になってしまいました。

15-3-27庭の花
 レンギョウ・カタクリ・ムラサキハナナ・ツバキ…。
 こんなふうに庭は花々で彩られているのではありますが。

 朝は氷点下、そして昼間の温度は汗ばむくらいの陽気。急激な気温変化に自律神経も狂いそう。
 1日のなかで冬からいきなり初夏になる、というのが、どうもここ何年かの今ごろの季節パターンとなっている気がします。
 春がないよ、春が。(~o~)

 どうしてこんなお天気変化なんでしょう、近年。
 冬からいきなり夏になるんじゃなくて、ちゃんと春を感じさせてくれ~~。
 と、言いたくなってしまうのであります。

 少なくとも子どもの頃は、ちゃんと春があったような気がするんだけど…。

PS 空に上弦の月が出ていました。この月が満月になったら、皆既月食が見られます。(4月4日)

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日々雑記

上野東京ライン

 きょうから北陸新幹線の開業になり、盛り上がってるようですが。
 たしかに東京からの距離はぐんと近くなった気がしますね。
 しようと思えば、金沢日帰りさんぽも不可能ではないですもんね。

  ただ、時間をかけてのんびり旅を、という感覚も捨てがたいのですけれどね。

 北陸新幹線よりさらに身近なのは、北関東のニンゲンには、上野東京ラインかも。

 常磐線・東北線・高崎線が東京まで乗り入れになるというのは、数年前から知ってはいましたが。

 終着駅は東京駅だろうと思っていたので、そのまま東海道線に入って、熱海まで行けるというのはびっくりでした。
 (常磐線だけは、品川までだったかな?)
 熱海と言ったら、静岡ですよ。何県またぎになるのでしょう?!

 東京へ通勤してる人は、うっかり朝の居眠りもできなくなりそうだな。
 寝過ごしたら、熱海まで連れていかれちゃうことも、なきにしもあらず?

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つぶやき

4年目

 とおいとおい昔、九州の阿蘇山から飛んだ噴出物が北海道まで到達したことがあるそうです。
 自然のちからは測り知れないものです。まさかそんなことが起こるの?!というのが自然です。
 人間のちっぽけな経験だけでは予測のつかないことが起こるのが自然です。

 今年もあの時刻に、防災無線からサイレンが鳴らされました。黙祷しました。

 震度6強などという地震に、生涯のなかで遭遇しようとは思いもしなかったけれど。来る時は来るのだな、と…。
 震度3や4とはまるで違うし、震度5ともまるで違うでしょう。

 しかし、TVでどんなに激しい揺れや激しい津波の映像を見ても、ひとはそのうち慣れてしまう。(ヒトの心がそういう風にできているのかもしれません) 
 映像を見ているだけでは現実感が伴わない。時間が経てばそれはいっそうなくなります。じぶんで体験したわけじゃないから。
 極悪耳鳴りと同じで、大地震のほんとうのところは、経験してみないとわからないものなのかもしれないですね。

 ケータイも通じず、メールも届かず。なにが起こるか分からないと思ったので、その夜は明かりも消さず、服も着変えず、一晩寝てました。(本来の意味で、“寝てた”と言えるのかな?) その日から約2ヶ月、余震は毎日絶え間なく続き。地震酔いになりました。
 そんな日々を思い出しました。

 最近のことですが、あの地震の被害は内陸ではたいしたことなかった、というような発言をラジオで言ってた人がいます。内陸のあちこちを見て回ったんですか?と聞いてみたいです。
 わたしのところも内陸ですが、当時は、周囲でもがれきの山がうずたかく積まれてましたし、あちこちの屋根はどこもブルーシートで覆われていたんです。液状化で家や電柱が傾いてしまった地区もあったんです。
 東北に比べて、関東のことは、全国ニュースにはあまりなっていなかったかもしれないけれど。
 もっと南の、神奈川の湘南海岸にだって津波は来てたんですよ。

 当時、友人の会社の同僚は苦笑してたそうです。「うちのほうでも被害があったけど、計画停電に組み込まれちゃってたよ」と。
 被災地は計画停電除外区域になるはずだったのですが。

 さいわいにも、4年前、我が家での被害は、わずかガラスのコップが1個落ちて割れただけでした。
(扉のある棚にしまっておいたはずのコップ。地震の後、棚の扉は閉まっていたから、コップが落下した後、一旦開いた扉がまた扉が閉まったとしか思えません)
 震度6強の揺れからしたら、まさに奇跡的なことだったでしょう。

 箪笥などはもともと組み込み式になっているため、倒れようがなかったのですが、本棚や冷蔵庫にはそういう危険もありました。揺れの方向が違ったためか、さいわい、倒れたりはしませんでしたが。

 でも、近所のお宅では石の塀が十数メートルにもわたって倒れ、友だちの家では屋根瓦がバラバラ落ち、玄関やお風呂場の壁も落ち、タイヘンな様子だったようです。

 周りを丹念に見てみると、地盤が数センチ沈下して、横にも数センチずれたのではないか?という痕跡は、じつはわが家にもあります。それはいままでもそのままです。

 規模の大小はあるにせよ、あの大地震では、北海道から京都のほうまで、引っ張られていたのですから。日本列島がほとんど全部動いてたんだなぁ…と。
 (つくばの国土地理院に行った際に、震災関連の展示があったので、資料もいろいろ見ました)

 一昨年夏、福島県のいわきに自転車を持って行きました。ららみゅう(いわき市観光物産館)で、8mの津波に襲われた、その施設を含む港周辺の様子を記録した展示(とてもきれいに生まれ変わっていたららみゅうも、当時はこんなありさまだったのだ、という写真がいっぱいでした)や、いろいろな人びとの頭の下がるような活動の様を知ることもできました。それに、いわきの子どもたちって、なんて強いのだろう。そんなふうに感銘を受けたりもしました。
 
 そう、津波。
 「波」の字がつくからと言って、津波というのは“波”とは違う、“波”とはぜんぜんベツモノ!
 
 海辺で地震にあったら、とにかくなるべく海から遠い、高い場所へすぐに避難すること。これは鉄則のような気がします。
 揺れの小さい震度1や2でも、津波が絶対に来ないという保証はないですから。
 過去には震度3でも三陸に大津波が来たことがあります。
 
 そういうことを知っておくのも、意味のないことではないと思います。
 たかをくくったり、大丈夫だろうと思いこむことほど、危ないことはないかもしれません。

 津波が来そうと思ったら、車で逃げようと思うのは人情かもしれません。
 でも想像できると思います。
 道路はきっと渋滞します。電柱や建物の倒壊で先に進めないかもしれません。道路が寸断されているかもしれません。亀裂が入ったり、陥没しているかもしれません。迂回しようと車同士が鉢合わせになり、身動きが取れなくなる可能性もあります。
 津波の速度はクルマより速いのです。そこで追いつかれたら、巻き込まれて流されるでしょう。たった20cmの水でクルマは浮くそうです。ハンドルもきかず、降りようにも降りられないでしょう。
 どうしても足が悪くて、という人以外は、自分の足で逃げることだと思います。

 避難して津波が来なかったとしても、それはそれで「あぁ、よかったね~」で済むことです。無駄だった、骨折り損と思うことにはなりません。 
 わたしなら、そう考えます。 
 子どものころ旅行で行った、岩手県宮古の田老地区で、過去の三陸津波の痕跡を見ました。(宮古のあの強固な高い堤防をやすやすと越えた津波の映像を見た人も多いと思いますが) 
 その時の印象が、わたしには強烈な思い出として残っているからです。
 (じぶんが地震や津波に敏感になったのは、それがきっかけだった、とはっきり思うのです)

 けれども、だんだん時が経つにつれて、地域による温度差(あるいは個人による温度差)のようなものを、なんとなく感じるようになりました。
 あれで引き起こされた福島の原発事故も、まだ終息には程遠いのに。
 もう忘れてしまっている人もいるのではないか。もう遠いどこかのできごとのように。
 そういう気持ちをどこかでうすうす感じずにはいられないことがあるのです。

 4年も経つのに、いまさら震災なんて…。
 そんな空気。
 思いすごしでしょうか?

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耳鳴りノオト

耳のセミナー

 耳鳴りが始まって、ちょうど6年が経ったときに思ったものです。
 あのころ小学校に入学した子が卒業式を迎えるんだよな~、と。

 その時点から、さらに8年ほどが経ったわけです。
 いやはや、永の病です。(-_-;)

 こんなにも“治らない”病なのに、慢性耳鳴りが“難病指定”にならないで来たのは、難治度・重症度はあるけれど、いのちにかかわる病ではないし、患者数も多い(300万人?)から、ってことなのかもしれません。
(でもなかには、いのちにかかわるひともいたと思います。精神を病みますから)

 わたしはあるドクターに、「あんまり(耳鳴りの)原因、原因言わないほうがいい」という旨の言葉を言われたことがありますが。
 でも原因原因言わなかったら、メカニズムもなにもわからないし、言い方はちょっと悪いかもしれませんが、対処療法でお茶を濁すしかないじゃないですか。(いままでのほとんどの耳鳴り治療がまさにそれだったとも言えるでしょう)
 原因がわかってはじめて治療法もできるんじゃないのでしょうか?

 とはいえ、遅々とではあるにせよ、耳鳴りの研究も進んではきたのでしょうね。少し前まではなかったファンクショナルMRIやスペクトなどの機器を使って、最近はそのメカニズムもだんだんわかってきたわけですから。
 

 さて。補聴器療法を提唱している新田先生のセミナーがあるようです。
 ただし、これは一般の人向けではなくて、耳鼻科医療に携わっている先生がたが対象のようですが。

 将来、補聴器は、メガネと同じような感覚のものになるのでしょうか?

 
 聞こえと音の基礎知識や、補聴器のフィッティングなどを学ぶ、補聴器販売側の人が対象のセミナーも。
 販売する側も、補聴器について、初心者からベテランまで、いろいろ学ぶことはあるらしいです。
 奥が深いんでしょうか、補聴器って?

 
 いままであまり知らなかった気もしますが。
 そんなふうにして熱心に勉強している方もいないことはないんですね。

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