星と自転車

MENU
スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本・音楽・映画など

Down in Brazil ~マイケル・フランクス

リオ五輪も近いので、というわけでもなく。
ひさしぶりに聴きたくなったので。
この曲はブラジルのミュージシャン、ジョアン・ドナートに捧げられている。
サポート・ミュージシャンも豪華だったアルバム『スリーピング・ジプシー』より。



ブラジルでは
1マイル歩くにも1日かかる
時はただ止まってる
逢う人みんながきみに微笑みかける
じぶんのやり方をいまでも信じていて
サンバできみをなごませてくれる
きみはまさにそこで知るのさ ここがブラジルなんだと
これこそがブラジルなんだと

ブラジルでは
誰も勝ち負けなんか気にしない
きみが沈んでいたら
かかとの高い靴をはいたカフェオレ色の女の子たちが
憂鬱をなぐさめてくれる
きみをただ楽しませようとしてくれるみたいに
バナナの木に吹く風のように踊って
まさにここはブラジルなんだときみは想う

ブラジルでは
楽しむ方法は百万通りもある
きみは感じ始める
祈りの時と同じくらい幸せな気持ちを
逃げ出そうかという気がおきても
きみはそうしたりはしないだろう
あのなつかしいブラジルに行ったことがあるなら
親しきブラジルにいまきみがいるなら

blogram投票ボタン 

スポンサーサイト

本・音楽・映画など

まだZABADAKネタ

 しつこいけど。(笑)
 吉良さんの思い出を辿りたい気分。

 
 初期ZABADAKの「水のソルティレージュ」という曲。
 吉良さんがベースを弾いてるのも珍しいけど、吉良さんとともにリード・ヴォーカルをとっているのが上野さんではなく、小峰さんというのも珍しいような。

 これはZABADAKのオリジナルではなく、じつはカヴァー曲。
 原曲はこっち。ノルウェーのバンド、Fra Lippo Lippiのナンバー。



 そして、ZABADAKがその名前をもらった曲というのもある。それがこれ。ZABADAKという言葉に意味はないんだと思うけど…。



blogram投票ボタン 

本・音楽・映画など

光田さんも

 「クロノ・クロス」の音楽担当・光田康典さんのブログにも吉良さんへの追悼が綴られていた。
 涙が止まりません、と書かれていました。ショックだったでしょうね。光田さんのコンサートでもかかせなかったギターだろうし、心の師とまでおっしゃっているのだから。



 このギターが吉良さんです。
 (歌はみとせのりこさん、彼女も吉良さんの存在がなければ自分はいなかったと言ってました。 kirche(キルシェ)のヴォーカリスト、わたしもアルバム1枚だけど持ってます。あ、そうだ、ZABADAKのアルバムにも参加してたことありましたね。忘れとったよ)

 そこで知ったこと。このあいだ書いた河井絵里さんのこと。
 光田さんとも親交があったんですね。知らなかったです。
 (ほら、やっぱりこうして繋がるんだよ…)
 英里さんの命日ももうすぐだ…。

 クミコさんと吉良さんが一緒に舞台をされてたことも初めて知る。
 いろいろなアーティストと繋がっていたのですね。いまさらながら。

 さらに。つい先日の日本SF大会での物故者追悼で、水木しげる、冨田勲、デヴィッド・ボウイ、キース・エマーソンなどのお名前とともに吉良さんの名前も挙がっていたようで。
 SF好きや天文関係(プロの天文の方も)にはZABADAK好きが多いというのはほんとうなんだなぁ。実感。
 
 吉良さん自身も押しも押されぬSF好きでした。「銀の三角」というアルバム作ってたことでもわかりますね。萩尾望都さん原作の同名漫画とSF映画「ブレードランナー」から受けたイメージにインスパイアされてできたアルバムだったとのこと。
 
blogram投票ボタン 


つぶやき

えにし

 普段ならツィッターはあまりというかほとんど見たりしないんだけど。今回はとくべつ。
 ZABADAKの吉良さんへの追悼tweetしているひとがとても多いとわかったし、まとめを読んでいる間にどんどんview数が上がって行くのにビックリ。こんなに反応しているひとが多いんだ、って。ZABADAKってけしてメジャーではないけどと思ってたけど、案外そうでもなかったのか…。

 そうよね。ZABADAKなんて知らない、吉良知彦なんて聴いたことない、と言ってる人の中にも、きっとそれと知らずにCMで曲に出逢ったりしてたひとは少なくないはず。いちいちTV画面の隅っこにクレジットなど出ないのでわからないだけだったんだと思うよ。
 あるいはアニメ(「狼と香辛料」とか「十二国記」とか)やゲームの曲で出逢ってたとか。わたしもね、「クロノ・クロス」遊んだ記憶があるんだけど、その曲で吉良さんがギター弾いてたとはを最近まで知らなかったしね。
 NHKの「みんなのうた」や「おかあさんといっしょ」で曲を聴いた人もいるかもですね。
 
  
  むかしから、好きなモノ同士は自然と繋がりあって行くという持論があって。持論だけじゃなく、経験が。
  
 全然別個のルートから知ったのに、それらがいつのまにかどこかで繋がっていく。不思議なくらい、そうなることがいろいろあって。

 たとえば、「イバラード」の井上直久さんと、中村由利子さんも。絵画と音楽、それぞれべつべつに好きだったけど。

 中村由利子さんの曲を知ってた方がずっと先。
 のちに井上さん原作のジブリ美術館用のアニメの音楽を中村さんが担当したのを聴いたり、井上さんの展覧会会場で偶然にも中村さんの演奏を聴けたりしたことが、すごく不思議な気がしたもの。

 ZABADAKの場合も。

 ZABADAKのザの字も知らない頃から、難波さんのソロ・アルバムやセンス・オブ・ワンダーというバンドの曲を聴いたり、難波さんの書いたSFを読んだりしてたけど、いつのまにか難波さん、ZABADAKのサポートでキーボード弾いてたし。

 遊佐未森さんなどもまったく違うルートから知って聴いてたのに、吉良さんや上野さんの企画アルバムに参加してたし。
 ごく最近のことでは吉良さんが遊佐さんの「僕の森」を演奏してたんだとか。あぁ…。聴いてみたかった。

 新居昭乃さんの場合は最初からZABADAKつながりだったのかな? よく覚えていませんが。「マクロス」あたりからだと思うけど、どっちが先かな? ZABADAKのために詞を書いたり、ときにはリード・ヴォーカルで参加したりしてます。

 やっぱりむかしから好きで聴いてきたキリンジのいまはメンバーになってる楠さんは、サポートとしてずっとZABADAKにかかわっていたし。

 だから、なにもとくべつなことをしなくても、いずれZABADAKには巡り合うことになっていたんだという気がするのです。

 そういう意識の引力というか、そんなものがどこかで働いているのかも? 響き合う無意識? 宇宙の意識かな? 量子力学的な意識?(笑)

 それを“えにし”というのかもしれないな。



 明るめの曲調だけど、メロディの裏側にせつなさが隠れてる。
 これもここにいなくなってしまった人への歌だよね。(亡くなったとは言ってないけど。すこしそんな匂いもする)
 でも、いまこれを聴くと、吉良さんが“むこう側”からくれたメッセージにも聴こえる。

 まだ「笑ってバイバイ」できる気分じゃないけど。「また逢えるよ」って歌ってくれてるから。すこし微笑むことができる。

blogram投票ボタン 

本・音楽・映画など

そういえば

 先月の末ごろだったな。
 友人のSちゃんとランチをした。
 その席でSちゃんが言った。このごろ大瀧詠一さんをよく聴いてるんだ、むかしはあまり聴いてなかったんだけど、と。そしたら最近TVでもCMで大瀧さんの曲をよく聴くようになってさ、と。



 わたしは彼女に頼まれていたべつのCDとともに河井英里さんのCDを渡した。こういうタイプの音楽も好きだろうなと思って。彼女がもういない人であることも言って。むかし「ワーズワースの庭」ってけっこういい番組があって、それのエンディングの大島ミチルさんの曲を歌ってたんだ、という話をした。



 そしたら彼女がオリガさんの話題を振った。オリガさんの歌声が好きだったのだと。「彼女ももう亡くなってるんだよね」
 わたしも名前だけは知っていた。日本で活躍していたロシア人シンガーソングライター、菅野よう子さんと攻殻機動隊のテーマやってたんだよね。

 どうしていい曲やってる人はみんな若くして亡くなっちゃうんだろう、と彼女は言った。
 そうだねぇ、とわたしは応じたけれど。
 まさかそれから1カ月もしないうちに、吉良さんの訃報に接するだなんて想像もしなかったんだ。

blogram投票ボタン 

本・音楽・映画など

吉良さん星になる

 

 TKさんへのメッセージにZABADAKの「銀河鉄道の夜」と「ふたごの星」の曲をつけて送った。そしたら、そのお返事に「吉良知彦さんは七夕を待たずして星になってしまいましたね。いつかは誰しもですが、とても残念です」って。

 え?!なんのこと?!どういうこと?!

 言われていることはわかる。でも頭が飲み込めなかった。
 
 好きであっても日常的にオフィシャル・サイトを覗くようなことのなかったわたしは、そのことを全く知らず。TKさんにメッセージをもらったあと、検索して、7月6日付の小峰公子さん(ZABADAKメンバーであり、吉良さんの奥さま)の公的なメッセージを読み、それが事実であることを知ったのだ。

 ショックなんて言葉では軽すぎる。あまりにも突然過ぎて…。なんで?どうして?
 頭が真っ白。グルグルしてしまった。

 今年もたくさんの音楽家が亡くなったけれど、まさかそこに吉良さんの名前も挙がるなんて。まだ50代なのに。
 小惑星の名前にもなっているZABADAK。吉良さんも一緒に星になってしまったなんて…。早すぎるよ。

 3月のツアーの後体調を崩して療養していたそうだ。でもその後もコンサート・ツアーをしていて。だからあまりにも急なことという印象がぬぐえない。いったい何があったというのでしょうか?!

 聴きたいのは流行ってる音楽じゃなく、“良質な”音楽。むかしからそうやって音楽を探して来た。

 あまりにもポピュラー音楽が停滞・疲弊しているように思えて、ある時期そこから遠ざかりそうになっていたことがある。
 そしてクラシックばかり聴いていたわたしを、もう1度ポピュラー音楽の世界に引き戻してくれたのがZABADAKだった。

 と言っても、そのときはZABADAKの音楽そのものを聴いたのではなく、ある雑誌の音楽レビューを読んだだけだったけど。

 デビューから何年も経っていないころのZABADAKだった。こんな音楽をやっているひとたちもいるのか~!と心に一筋の光がさした。
 これはわたしにとってまさに運命的な出逢いだったのだと思う。わたしの勘はハズレてなかった。それからずっと聴いてきた。約30年にもなるんだな。

 ZABADAKの音楽はひと言ではどうと説明できない。プログレ・バンドとか民族音楽のグループなんて言われたりもする。でも違う。ある1曲だけ聴いて「ちっともプログレじゃないやん」「民族音楽やないやん」という人もいる。そうじゃないの。いろんな要素を持っている音楽だから。吉良さんが作ろうとしていたのはジャンルじゃない。良い音楽。それだけだったと思う。(「だった」なんて、過去形で言わなきゃらないなんて…)

 これからはもうZABADAKの新曲は聴けないってことになるのね…。

 でもいままで残してくれた音楽はいつでも聴ける。これからも。ZABADAKは消耗品の音楽ではないから。

 もう叶うことはないけれど、せめてあと1度、あと1度だけ、“のれんわけ”した上野洋子さんとのセッションを聴かせてもらえたらよかったな…。

 吉良さん、いままでたくさんの素敵な音楽を作ってくれてありがとう。

 ご冥福をお祈りします。



 いまとなっては吉良さんのことを歌っているようで。
 やっぱり泣けてしまうよ…。


 
 ネット上にももたくさんの吉良さんへの追悼メッセージがありました。
 多くの人がいうように、吉良さんは日本屈指のメロディメーカーだったと思います。

 blogram投票ボタン 



さんぽ・たび

上野桜木~本郷~湯島(東京さんぽ)

 上野公園を過ぎると、トーハク(東京国立博物館)の前にはたくさんのひとの行列。日韓国交正常化50年記念の「ほほえみの御仏(みほとけ)」という展覧会が開催中らしい。

 妹の所属していたアマチュア合唱団の演奏を聴きに行ったこともある、奏楽堂(旧東京音楽学校)も改修工事中みたいだったなぁ。

16-7-3 黒田記念館
 そこを横目に過ぎて黒田記念館へ。このあたりはわりと何度も通っているのに、この建物のなかに入るのは初めてでした。
 「湖畔」などの絵画で知られる洋画家・黒田清輝の遺産と作品が国に寄贈されたことを契機に建てられた施設。もと帝国美術院附属美術研究所。耐震工事のためにしばらく休館していて、昨年1月よりリニューアル公開。
 アールヌーボーな階段の手すりや玄関の郵便受けなど当時のものをなるべく残して修復されているようです。建物の一角には上島珈琲店も3年前にオープン。

16-7-3 国際子ども図書館
 黒田記念館の隣りは国際子ども図書館。ここは何度か来ているところ。
 児童書専門の国立図書館。
 もともとは帝国図書館として、案内板によれば、いまの4倍ほどの東洋一の規模の図書館になる予定だったらしい。
 街歩きツアー?の団体さんらしきひとびとが玄関先にある小泉八雲のレリーフの前で、講師のかたの説明を受けていました。そのときたまたま聞こえた解説によれば、小泉八雲は若いころ失明してから左目を嫌悪し、写真を撮られるときには必ず顔の右側のみをカメラに向けるようにしていた、とか。レリーフの顔も右向きの顔でした。 

 上野中学校あたりの木々の多いしずかな道をたどり、上野桜木へ。

16-7-3 愛玉子
 上野桜木と言えば、愛玉子(オーギョーチー)。
 日本広しといえども、この台湾スイーツの専門店はここだけと思われます。
 でも今回はここは素通り。

16-7-3 上野桜木あたり
 昭和初期に建てられ、ずっと空き家になったまま、取り壊されるという話も一時は出た、軒を並べる3軒の古民家が、店舗兼コミュニティ・スペースとして再生された、ノスタルジックな路地裏空間へやって来ました。昨年オープン。 

 まだ多くに知られているわけではないようですが、それでもこのひっそりとした隠れ家的一角に訪れて来る人は確実にいて。とくに外国人の方がわりと多い感じ。どこでここのことをを知ったのかな? わたしもTKさんに教えてもらわなかったら知らなかったのですが。
16-7-3 谷中ビアホール

16-7-3 上野桜木あたり3
 上から、谷中ビアホール、塩とオリーブオイルの専門店おしおりーぶ、カヤバ・ベーカリー(地元の珈琲店が出しているパン店)。お店の雰囲気もそれぞれよく。

 とくに塩とオリーブオイルの専門店、おしおりーぶさんでは商品のオイル・フルーツビネガー・塩を味見をすることができ、それぞれの味の違いを確かめることができます。オイルとビネガー、塩の組合せで味も微妙に変化することに目からうろこ。
 オリーブオイルってすごく奥が深いなぁ。フレーヴァー・オイルのなかにはチョコレート風味のものなどもあるのです。

16-7-3 ヴィネガードリンク
 このお店のカウンターではドリンクやおつまみを楽しむこともでき。
 シークワァーサー・ビネガーにキウィを加えたドリンクをいただきました。かき混ぜて飲みます。

 このお休み処空間でなごんでいるときに偶然話をした男女カップル(男性はアメリカ出身とか)のかたは近所に住んでいるので毎週ここにやってくるのだとか。お散歩にはほんとにいい空間だと思いました。

16-7-3 東大キャンパス
 さて、ここから言問通りに出て、弥生坂を上って(ここはかつて言問通りにあったトーキョーバイクで自転車を借りる時、なんとなくいつも走ってしまうコースでした)、弥生式土器発掘ゆかりの地の碑の前を通って、東京大学本郷キャンパスへ。
 TKさんが気になっていたという構内のUTカフェ・ベルトレ・ルージュにてランチ。
 (わたしがかつて友だちと本郷キャンパスをお散歩コースにしていたころはこのカフェはまだ存在してなかったのでした)
 あと2食で完売というランチにギリギリで間に合いました。(^_^;)
 それから東大構内をあちこちお散歩。

16-7-3 三四郎池
 三四郎池。亀がたくさんいました。左側の岩もなんだか亀っぽい。

16-7-3 東大キャンパス2
 こんな涼しい空間や、

16-7-3 安田講堂
 安田講堂。かつては学生運動で荒れた時代もいまはむかし。

16-7-3 健康と医学の博物館
 こんな博物館にも入ってみました。
 過去になんど構内散歩をしていても東大病院のほうまで歩いてくることはなかったので、こんな博物館があったことはつゆ知らず。「見えざるウイルスの世界」という企画展をやっていました。

16-7-3 和カフェくろぎ
 竜岡門を出て、春日通りを本郷3丁目方面へ向かっていく途中に、新たなカフェを発見。これも東大構内にあります。
 もういちど構内に入り直し、この和カフェに寄りました。湯島のミシュランの星付き料亭くろぎさんが一昨年オープンしたという和カフェ。
 (ちなみに設計は、2020年東京オリンピックの新国立競技場も手掛ける、隈研吾氏(東大教授)。木材をふんだんに使う和のデザインが特徴的なのですね)

 が、満席なので2時間待ちと言われ、一度諦めかけました。でもせっかくなので、ということで考え直し、時間になったらケータイで連絡してもらうことにして予約。
 本郷3丁目をあらためて目指しました。

16-7-3 かねやす
 3丁目角にかねやすという雑貨屋さんがあります。(シャッターが下りて休日のようでした)
 「本郷も かねやすまでは 江戸のうち」という有名な川柳のかねやすは、ここのことなのでした。

 当初は苗字そのままで「兼康」を漢字で名乗っていたようです。乳散香という歯磨き粉が爆発的に売れたことで、当主の弟がのれんわけして同じ名前の店をべつの場所に出したのですが、同種の商品がほかでも売られるようになると売り上げが伸びなやむようになり、兄弟で元祖争いが起こりました。それを仲裁したのが大岡越前で、本郷の店をひらがなで「かねやす」とするようにとの処分から、以後本郷店はひらがな表記になったのだとか。弟の店はその後廃業したそうです。

 享保に大火事が起こり、その復興に際して大岡越前は本郷のかねやすあたりから南側の地区には土蔵づくり・瓦葺の建物を許可しました。このことからかねやすが江戸の北限として認識されるようになって、先の川柳も生まれたというわけ。

 そこから菊坂方面へ向かいました。(そのむかしあたり一体で菊がいっぱい栽培されてたとか)
 
 16-7-3 金魚坂
 金魚坂。
 300年のむかしから続く金魚屋さん。釣り堀とカフェも併設されていて、金魚1匹から買えるそうです。

16-7-3 金魚坂2
 カフェの塀沿いに。子どもたちが描いた絵を陶板にしたものかな? それぞれの絵がかわいいです。

16-7-3 金魚坂3
 自販機まで金魚だよ~。

16-7-3 胸突坂
 胸突坂。このカーブ具合がいいですけど、勾配何%かなぁ? このあたり文京区は東京一坂の多い区だと実感します。
 東京をお散歩することがなぜ楽しいかと言えば、それは坂が豊富にあるからということもひとつの理由だなとあらためて思うのでした。東京がたんなる平板な街だったらこれほどまでに惹かれることはなかったかも。

16-7-3 樋口一葉旧居跡
 5000円札のモデル、樋口一葉の旧居があったあたり。この井戸は一葉さんも使っていたらしい。

16-7-3 和カフェひとは
 ここも和カフェかな? 店名はもちろん一葉さんからですね。

16-7-3 宮沢賢治旧居跡
 このあたりに童話作家・詩人の宮沢賢治が8か月ほど住んでいたようです。
 1日300枚のペースで原稿を書いていたと言われ、「注文の多い料理店」「どんぐりと山猫」などはここで書かれたということです。

 坪内逍遥の旧居跡や石川啄木の暮らした家もこのあたりにあったようです。

 ふたたび東大構内に戻って休憩しているあいだにケータイで連絡が入り、和カフェくろぎさんへ。

16-7-3 かき氷
 オーダーしたのがこれ。くるみ・枝豆・小豆・ゴマ・マンゴーなどがトッピングされたミルク五穀というかき氷。パパイヤ・ソースと粗塩が添えられていて、それらをかけながらいただくこともできるという趣向。
 よいお値段でしたが(でも高級かき氷も珍しくない昨今ですね)、それだけのことはありました。美味しかったです。
 (そうそう、余談ですが、以前食べた銀座・三徳堂の豆豆かき氷も美味しかったな~)

 TKさんのオーダーした葛きりも、コシがあってつるっと滑るようなのど越しが涼しかったです。

 一緒に出された煎茶の冷茶や温かいほうじ茶も美味でした。

16-7-3 オイルランプ
 夕暮れが近づいてきたら、お店の方がオイルランプをテーブルに置いてくれました。

16-7-3 湯島天神
 本郷から上野に戻る途中、湯島天神へ。菅原道真公をお祀りする天満宮。梅の名所としても有名。

16-7-3 湯島聖天
 階段を降りた下にある湯島聖天では、藤の花が1房花をつけていました。もうほぼ真夏なのにね。

 例によって2万歩超えになった約18kmのおさんぽでした。今回も密度の濃いお散歩だったと思います。

 blogram投票ボタン 

該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。