星と自転車

MENU
スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

nonaカフェ

吾唯足知

 昨年の一時期、近所のお茶の先生に誘われて、市民講座の煎茶教室に通っていたことがあります。

 もともとは母の知り合いだった先生に、花道の花材として花枝を庭で切ってあげたことがきっかけで、「お茶が好きなら来てみない?」と言われて、気軽に参加してみたのでした。(お花の先生でもあるのです)
 習い事という意識はまったくなく、お茶が飲めて和菓子がいただけるなら、というほんとに軽い気持ちで。

 煎茶は毎日なにげなく飲んでいるものでしたが、“煎茶道”となると、やっぱりなかなか奥深い世界でした。それを知ることができただけでもよかったと思います。しかし、普段めったにしない正座はやっぱり苦手…。(^_^;) 

 季節ごとのお軸と花を観賞し、所作に則ってお茶を淹れている時間は静かで贅沢な時間だったようにも思います。最後の一滴まで丁寧に淹れた玉露のまろやかさ、さわやかな夏の冷茶、ちゃんと焙じて入れるほうじ茶…丁寧に淹れると、お茶ってこんなにも美味しいものなんだというのもよくわかりました。

茶道の菓子 そのお茶席で出されたお菓子で、いちばん印象に残っているのがこれ。

 京都の龍安寺の茶室の入り口にある、手を洗い、口をすすぎ清めるためのつくばい(水戸光圀…水戸の黄門さまから寄進されたものと言われている、有名なつくばい)を摸して作られたお菓子だそうです。

 龍安寺には修学旅行で行ったことがあります。有名な石庭や、鴬張り?の廊下があったことなどは覚えていますが、つくばいのことまでは当時は気づいていなかったと思います。(古のことなので忘れてしまっただけかもしれない…苦笑)

 つくばいですので、実際には、中央の四角い部分には水が張られているのです。この口の字と周囲の字を足して時計回りに読むと、「吾唯足知」となり、「われただ足るを知る」と読めるわけです。

 「足ることを知る者は貧しさといえども富めり 不知足の者は富めりと言えども貧し」

 「禅の真髄であり、茶道の精神でもある」そうです。


  blogram投票ボタン  

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://fantasium.blog4.fc2.com/tb.php/1178-bb256e56
該当の記事は見つかりませんでした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。