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日々雑記

「こころ旅」とあの日の津波

 去年の秋、高萩へ行きました。その際、地元のひとに「ここは津波は大丈夫でした。かろうじて堤防と津波が同じすれすれの高さで」と聞いていました。
 でも高萩の北隣りの北茨城ではやっぱり津波はひどく被ってたんですね。「こころ旅」を見てわかりました。

 「大変だったよ」
 沿岸のお宅のお父さんが言ってました。
 震災の報道写真集?を火野さんに見せてくれて。その写真でよくわかりました。道路も線路も境目がわからないくらい、すっかり波をかぶってました。

 今回の「こころ旅」の目的地、視聴者の方のお便りにあった北茨城市の二ツ島。母島と子島、孫島まであったようですが、津波で崩れ、以前とは大違いのあり様になってしまったようです。
 現在の母島は一見はげ山のようでしたが、写真のなかの震災前の母島は樹々がたくさん生い茂っていた様子。
 子島はいまや干潮の時しか見られなくなったとか。

 そういえば、高萩では4m、大洗でも4m少し、でも、それより南の千葉県旭市では7m超の津波だった、というのを知ったのは最近。

 旭市の女性(70代?)の震災当時の生々しいお話もTVで見ました。

 玄関のすぐ目の前が海。
 見覚えのある風景に、「こころ旅」の千葉編で、火野さんが走っていたあの自転車道の、道路を挟んですぐ向かいのお住まいであることはすぐわかりました。

 津波警報が出て、いったんは避難所に向かったそうです。でも海に異変が見られず、避難所が寒かったこともあって、津波警報が解除になる前に家に戻ってしまったのだとか。そこに津波が来たのです。気がつくと、顔の目の前に天井があったと言います。天井と波との隙間はわずか15cmくらい。その隙間でやっと息ができたそうです。

 写真集を見せてくれたお父さんの家も、津波をかぶったのでしょう。旭市の方ほどではなかったかもしれませんが、似たような体験をしていたかも。

 「こころ旅」は、来週から東北編。今まで以上にたくさん震災の爪痕を見たり、聞いたりする旅になるのかもしれません。それでも、見ておかなければ、聞いておかなければいけないこと、そして忘れてはいけないことが、たくさんあるような気がします。


 きょうは友だちと益子方面へ車で出かけましたが、先日の竜巻被害の一端がうかがえる風景が。田んぼのなかに屋根の部分だけがそのままそっくり落ちているのを見ました。

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