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つぶやき

防災の日

 防潮堤や砂防ダムや、そんなものをいっぱい作れば安心なのだろうか?
 もちろんそれらが役に立つことは大いにあるでしょう。
 でも、それだけがあればいいのでしょうか?
 それを作ったことで、安心してしまうっていうことはないのでしょうか?

 東日本大震災のときに思い知りました。
 海から7kmも離れた内陸にまで津波は来るものなのだと。

 100年、500年はヒトには充分長い年月だけど、地球にとっては、ほんの昨日、ほんの数時間前のことみたいなものだ。たかだかそれくらいのデータの蓄積でわかることは限られているかもしれない。
 ヒトの想像をはるかに超えた、想定もしないことが起こるのが自然というもの。だからこそ“想定外”なんて言葉は使っちゃいけない。
 
 それに、あの震災で、もうひとつ思ったこと。

 あんなに大きな地震だったのだから、海辺に住んでいる人たちの頭にはすぐに「津波」のことが浮かんだだろうとわたしは思っていた。 
 震源地からはるかに遠いここでさえ震度6強だった。
 だから、海からも川からも離れた場所に住んでいてさえ、真っ先に「津波」のことを考えたのだ、海のそばにいる人たちが考えないわけがないと。

 ところが、のちに、地震の直後どういう行動を取ったか聞いたアンケートで、「津波が来るとは思わなかった」「逃げることは考えなかった」とおよそ半数もの人々が回答していたことに、非常な驚きを覚えたものでした。
 
 正常化のバイアス。
 異常な事態に直面していながら、「大した津波は来ない」「大雨になんかならない」「じぶんの身にはそんなことは起こらない」と、危険や脅威を軽視する思い込み。

 ハード面だけ整えてもダメだと思うのは、そういうことがあるから。

(正常化のバイアスは、精神面の平静を保つためには必要なしくみで、それ自体悪というわけではないでしょうが…)

 警報が出ても、人は容易に避難しないものなのですね。そうしている間にも危機が迫っているとしても。
 お上から何か通達があれば、そこでやっと動く、ってところでしょうか。
 でも上からなにも言ってもらわないと動けないなんて、なんかオカシイ。ほかでもない自分の身が危険にさらされようとしているかもしれない時に。
  
 これも東日本大震災の経験からですが、災害時の防災無線って、どうなのでしょう? 何か言ってるはわかるけど、何を言ってるのかがわからない。緊急時に長々と放送してもらっても、はたしてなにか効果はあるのかな?
 
 大洗町では防災無線が役に立ったのだったか。「避難してください」ではなく「避難せよ!」と命令口調で強く言った言葉が功を奏した、と聞いた気がする。それで4mの津波が来ても、その被害に巻き込まれた人はひとりもいなかったと。
 
 防災無線も使いよう?
 ただ、それを災害時に当てにしているのはどうかな、と。

 結局、最終的には、個人個人が積極的に防災意識を高めていくしか方法はない、とわたしは思うのみです…。

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