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本・音楽・映画など

プリファブ・スプラウト

先日プリファブ・スプラウトの曲を載せたら、プリファブのことを書きたくなってしまった。

プリファブ・スプラウトに関しては、わたしはミーハー以外の何者でもない。
最も好きなイギリスのバンド。
と言っても、通算6枚目の『アンドロメダ・ハイツ』のCDをジャケ買いするまで、わたしは彼らがユニオン・ジャックの国のバンドだとはまったく知らなかったくらい、プリファブについては白紙状態の、かなり出遅れたファンだったけど。(笑)

プリファブ・スプラウトは、長いキャリアがあるにもかかわらず、アルバムの数が少ないというのが難点? その代わり、出したアルバムはことごとくプラチナムを獲得。
90年の作品はアルバム・オヴ・ジ・イアーに選ばれてもいる。「スティーリー・ダンとビートルズの全盛期以来、これほど多様な影響力がアレンジされたことはなかったであろう」という賛辞つきで。

2013年に最新アルバムが出ても、どんな活動をしているのかさえ、まるでわからないのですが(すでに“バンド”ですらないし)、それでも彼らはかつて日本に来て、東京と大阪でコンサートをしたという実績もあります。どちらもお客さんは超満員だったとか。知っている人は知っている(知らない人はまるで知らない(笑))、コアなファンが多いバンド、ってこと?!

『エレクトリック・ギターズ』という曲があるけれど。あれはプリファブ自身のことを歌っているようには思えなないな。ほとんどツアーもしないのに、歌詞にあるような「空港での大騒ぎ」など彼らが経験しているふうには思えないし。この曲はリズムが60年代のマージー・ビートっぽいし、とすると、題材は初期のビートルズ?
それでも彼らプリファブもむかしはけっこうもみくちゃにされそうになったこともあるらしく。とくにイタリアでコンサートをしたときには、警備の人までが警備そっちのけで「サインくれ」と言ってきたりなどしたらしい。(笑)

音楽的本拠地はイギリス北東部のニューキャッスルという町。地図を眺めては、ピーター・ラビットの湖水地方もそう遠くないんだなぁ~とか、アンドロメダ・ハイツ(彼らの音楽スタジオ)はその町にあるのかなぁ、などと思ったりした。

プリファブは、なによりもそのソング・ライティングに主眼を置いているバンド。曲は全部、リーダー格のパディ・マクアルーンが手がけている。音楽誌などでも、80年代以降の英国屈指のソングライターと、彼を推す声は多い。

流行を追うタイプの曲をやらない彼らは、日本での知名度はけして高いとは言えない。けれど、じつは日本のミュージシャンや音楽関係者には、隠れプリファブ・ファン?がとても多い、らしい。(何も隠れる必要はないのにね) いわゆる“ミュージシャンズ・ミュージシャン”(ミュージシャン受けするミュージシャン)ということなのでしょう。それ、とても“わかる”気がします。

音楽好きの両親の影響を受けて、パディはギターやピアノを始め、作曲もするようになった。作曲法に関しては、ジム・ウェッブやバート・バカラック、フィル・スペクターなどから影響を受けた、と言っている。(嬉しいですねぇ、みんなわたしの好きな大御所ミュージシャンだ♪)

あるとき彼がお父さんに「今まで作られたうちで最高の曲って何だろう?」と訊いたことがあったそう。牧師さんでもあったお父さんは「そりゃもちろん、ホーギー・カーマイケルの『スターダスト』だよ」と即答したそうである。牧師さんらしく「讃美歌○○番」と答える代わりにね。ステキなお父様だ~。
(そのことが『アンドロメダ・ハイツ』という曲を作る伏線になっていたりしたのかな?)

音楽評論家のひとたちの解説を引用すれば、「凝ったコード進行や、転調や変拍子などを多用していながら、作為的なところのないメロディ作り。複雑な曲調をシンプルに聴かせる才能のヴァリエーションに富んだ高い音楽性」。
それはやっぱりバカラックなどがそのタイプの作曲家だと思うし、パディはその影響も受けていると語っているのだから、いわば当然のことなのかも。
(というか、わたしの好きなミュージシャンって、少なからずそのタイプの人たちなんだといまさらながら気がついた☆)

その音楽的な幅の広さも、ハード・ロックからクラシックまで、耳にした音楽なら何でも吸収して来た、というパディならではのことでしょう。
作品はラヴ・ソングが中心だけれど、歌詞の面から言えば、“クリスチャニティ”も彼らのキーワードのひとつ。なにしろお父様が牧師さんだし、自身も神学校に通ってたという経緯があり。
堕天使ルシフェルが大天使ミカエルに懇願するかたちを取った歌『マイケル』(つまりミカエル)とか、「わたしを悦ばせる方法を探しているなら、わたしによりも、傷ついたひとのために歌いなさい、それがわたしへの歌になるのだから」と、神さまからの視点で語る『ワン・オヴ・ザ・ブロークン』のような歌を歌っていたりする。
そんなバンドってあまりないように思うのだけど?
歌詞は真摯だけれど深刻ではなく、そこはかとないユーモアも。
よく聴くと、アレンジにも遊び心が感じられて。歌詞に対応したお茶目な編曲に気づいて、思わずフフッと笑えたり。

7年くらいのあいだにCD7~8枚分くらいもの曲を書いたものの、デモ・テープをも含めて、ボツというか、お蔵入りにしてしまった企画が4つもあったらしい。作品作りには妥協しないパディの性格が表れているエピソードかもしれません。だからアルバムも寡作なんだろーな。

発表した作品が多くないわりにはプリファブの曲を歌っているひとはけっこういる。エルヴィス・コステロはデビュー間もない彼らを気に入って、自分のツアーのサポートに抜擢し、彼らの『クルーエル』という曲をレパートリーにまでしたくらいだし。シェールやカイリー・ミノーグなども彼らの曲をカヴァーしている。
たとえほかのひとのために曲を提供するときでも、パディは、いずれプリファブで使うことを考えて書くことがほとんどなのだそうだけど。

「現実こそがファンタジー」と言うパディ。いまを生きることを肯定する。彼の作品の根底にはそんな想いが漂っている気もします。ポジティブな歌ばかりでなく、たとえそれが失恋の歌でも。優しくてせつなくてセンシティブ。

シャウト系の曲からファルセット(裏声)を多用した曲まで、パディのリリカルで柔軟なヴォーカル。それがバンド紅一点のウェンディの澄んだ声をマッチして、これぞプリファブ節というコーラス・ワークに。サイド・ヴォーカルに女性を起用したバンドってほかにある?(ディーコン・ブルーもそうかな?)

公園のベンチに座って新聞を読むパディの頬にキスするウェンディを撮った写真が好きで部屋に貼っていたという、音楽ライターの赤尾美香さんが書いていた。
「そこにはセンチメンタルな心、ロマンティックな夢、ノスタルジックな思い出、さりげないユーモアが封じ込められ、洒落たモダン感覚も漂っていた。全然新しい音楽じゃないのに、全然古い音楽でもない。パディが言うところの、時代を超越した音楽が、確かにここにある。〈永遠〉とか〈普遍〉という言葉を信じたくなる音楽が」
それにはいちいち同感だなー、とうなずいてしまうわたしなのである。

(いや~、長い記事になってしまいました 苦笑)


こんなメロディを書けるひとは、世の中にそうはいない、と思うんだなぁ。
歌詞が意味深? ある状況の中にいたプリファブ自身のことを歌っているのかな?と思ったりもしたけれど。
アレンジがクリスマスっぽいと思うのはわたしだけ?(笑)
ちなみにハーモニカはスティーヴィー・ワンダーに吹いてもらったそうだ。

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