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本・音楽・映画など

日日是好日~「お茶」が教えてくれた15のしあわせ

日日是好日
 
 落語家の柳家小三治さんの解説がよかった。
 この本をほんとうに好きで読んでるのだろうな。作品愛にあふれた解説。

 初めて知る著者だと思っていたら、以前に友だちからお勧めされて読んだ、デジデリオ・ラビリンス「前世への冒険」と同じ著者だったと、小三治さんの解説で知り、驚きました。なぜって、その本はテーマがお茶とは全然違いますし。ミステリアスで非常に面白かったけれど。何年か前にBSでドラマ化された時も面白く見ました。

 さて。これは、茶道についてのあれこれが書いてある本、とはちょっと違うかな。小三治さんも言うように、お茶の本のコーナーに置いておかれるべき本とはちょっと違う。
 茶道を続けて行くうちに、著者が得て行くさまざまな気づきについての本、と言ったらいいでしょうか。

 雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。……どんな日も、その日を思う存分味わう。
 お茶とは、そういう「生き方」なのだ。  
            (第十三章 雨の日は、雨を聴くこと) 


 すがすがしく晴れて気持ちのいい日はむろんのこと、一般に「お天気が悪い」と言ってしまいがちな雨の日も同じように楽しむ。それが「日日是好日」ということなのだ、と。
 そんな生き方を貫けたら、「天気の悪い日」などは存在しなくなるし、どんな状況や境遇も、苦にせず楽しむことができるようになるかもしれない。
 
 「いまを生きる」という映画でもさかんに使われていた、ラテン語の“Carpe diem”(その日を掴め)に通ずる精神があるようにも思えます。

 “一期一会”も茶道に由来する言葉。

 お父さんとの別れを経験したあとで著者が思うこと。

 会いたいと思ったら、会わなければいけない。好きな人がいたら、好きだと言わなければいけない。花が咲いたら、祝おう。恋をしたら、溺れよう。嬉しかったら、分かち合おう。
 幸せな時は、その幸せを抱きしめて、百パーセントかみしめる。それがたぶん、人間にできる、あらんかぎりのことなのだ。
 だから、だいじな人に会えたら、共に食べ、共に生き、だんらんをかみしめる。
 一期一会とは、そういうことなんだ……。   
           (第十一章 別れは必ずやってくること)


 わたしも母の友人のお茶の先生にお誘いを受けて、ほんの数か月間、お茶(と言っても、煎茶道)の教室に通ってたことがありますが。
 お茶の奥というのは、どうやらとてもとても深そうだ、ということをわかるには、それでも充分でした。

 ただ、そういうあれこれの気づきをもたらすものが茶道だけだとは思わないけれど。

 それに、お茶をやっていれば、誰もが“茶人”になれる、というのはどうなんだろうな?と疑問もちょっぴり湧かないわけではありません。

 それは、著者が一緒に習い始めた友だちと、三渓園でのお茶会に初めて参加した時のエピソード。
 お茶の先生が苦笑しつつ披露した、むかし初めて出席したお茶会で、どさくさにまぎれて御座敷の書院窓をまたいで出た人の話、しかり。 
 3人分しか席がないところに、4人でやってきたグループの女性たちが「わたしたち4人一緒なんですもの」と言って、係の人の制止も無視して強引に入ってしまうくだり、しかり。

「お茶はね、まず『形』なのよ。先に『形』を作っておいて、その入れ物に、後から『心』が入るものなの」 
        (第一章 『自分は何も知らない」ということを知る)

 という先生の、一見形式主義のような言葉に初めは反発で爆発しそうだった心が、お茶を続けていくことで、変わっていったその過程をもう少し詳しく知りたかったなという感想も持ちました。わたしの読みが浅いだけなのか?
 
 とにかく、折に触れて読み返したい本となってくれたことは間違いなさそうです。 
 森下典子さんのもっとほかの著書も読みたくなりました。
 
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